第16話 令嬢、再び

「君は……オーレンライト家の」


 俺とシェルニの前に現れたのは、フラヴィア・オーレンライトだった。

 今日は親衛隊とやらはいないようだな……一応、武装した従者はついていきているようだが、ギルドを訪れた際に連れていた者たちとは少し雰囲気が異なる。


 ……やはり、昨日のギガンドス退治の件で何か言いに来たのか?

 だったらこっちも言いたことがある。

 冒険者たちを捨て駒のように扱った件だ。


 目先の金に釣られた方もどうかと思うが、それにしても、捨て駒のように彼らを扱った点は許せない。


 フラヴィアはおもむろに視線を俺たちが住むことになる家へと向けた。


「こちらの家で暮らしているのですか?」

「今日からな」

「そうですの……想像していたよりはずっと立派なお住まいですわね。それで、お仕事はまだ冒険者を?」

「……なあ」

「はい?」

「世間話でもしに来たのか?」


 正直、顔を合わせた直後に強烈な罵倒でも飛んでくるかと思ったが、普通に話しかけてきたな。逆に意外だ。

 ちなみに、ギルドでの一件が尾を引いているのか、シェルニは俺の背後に隠れていた。

 一方、フラヴィアは「コホン」と咳払いをしてから用件を口にする。


「単刀直入に聞きますが――ドレット渓谷に住みついた大猿を倒したのは……あなたたちですの?」

「ああ。俺とシェルニでやったよ」

「!? や、やっぱり!」


 お嬢様らしからぬ叫び声をあげるフラヴィア。

 しかし、それは俺の想像していた反応とはまるで違った。

 金に糸目をつけないお嬢様らしく、失礼な振る舞いをした俺に対して強力な兵士を大勢率い、捕まえに来たってわけじゃなさそうだな。監獄行きも視野に入れていたが、そういった話をしにここを訪れたって感じではない。


「俺がギガンドスを倒したら、何か不都合なことでもあったのか?」

「いいえ。ただ、現場の指揮官だったナイジェル分団長が、ギガンドスを倒したのは我々だというので、それが真実かどうか確かめたかっただけですの」

「ナイジェル分団長?」

「目つきの悪いチョビ髭の中年男性ですわ」


 ああ……あの人か。

 つまり、手柄を横取りしようとしたってわけか。まあ、俺も褒美とかには興味ないって感じで接していたからな。


「なるほどね。……だけど、俺が本当のことを言っている証拠はないんじゃない?」

「そんなことありませんわ。わたくしには分かります。――あなたは紛れもなく真実を語っていると」


 ……妙なところで信頼されているな、俺。ていうか、想像していた反応とあまりにも違うから、なんか拍子抜けして調子が狂うよ。


「用件はその確認だけか?」

「ええ。――ああ、それと……これは報酬ですわ」


 そう言って、フラヴィアはパチンと指を鳴らす。すると、御者が馬車の中から大きな麻袋を取り出し、俺に手渡す。


「成功報酬はギガンドス一匹につき金貨百枚――なので、合計で金貨三百枚を受け取ってもらいますわ」

「お、おいおい!」


 金貨三百枚とか……とんでもない大金だぞ。

 それをいとも軽々しく扱うフラヴィア――なんというか、金銭感覚の違いをまざまざと見せつけられたな。

 ……それにしても、さっきからチョイチョイ声が裏返っているみたいだけど、大丈夫なのか?


「ここへ来る途中にギルドへも寄ってきて、話をうかがいましたが……あなた、この町で商売を始めるつもりのようですわね」

「ああ。何か問題でもあるのか?」

「いいえ、何も。それでしたら、好都合だったのではなくて?」

「好都合?」

「そのお金ですわ。よければ、開店準備金としてでもお使いください。あと、開店の際には是非ともお声がけを忘れないよう」

「はっ? い、いや――」

「では、またお会いしましょう」


 会話の途中から、フラヴィアはずっと俯き、さらには強引に話を切り上げてそそくさと馬車へ駆け込む。すると、窓から少しだけ顔を出し、


「そういえば、まだお名前を聞いていませんでしたね」


 そう尋ねてきた。


「俺はアルヴィン。こっちはパーティーを組むシェルニだ」

「アルヴィンとシェルニ……おふたりの名前、しかと覚えましたわ」


言い終えると、すぐに「出して頂戴」と御者に命じ、フラヴィア・オーレンライトは多くの謎と違和感を残しつつ、その場を去っていった。

 ……一体なんだったんだ?

 ていうか、報酬受け取っちゃったよ……正直、突っ返す気だったんだけどな。


「なんなんだ……あの子は……」

「あの人……本当はいい人なんですか?」

「さあ……金持ちの考えることは分からん」


 大金の入った麻袋を持ったまま、途方に暮れる俺。

 とりあえず、この金貨で頑丈な魔法金庫でも買うかな。



  ◇◇◇



 帰りの馬車の中で、フラヴィアはひどく動揺していた。

 頬を撫でると、信じられないくらい熱い。


「一体……どうしてしまったというの?」


 アルヴィンの顔が頭からこびりついて離れない――どうしたというのだろう。こんな変化は生まれて初めてのことだ。

 まともに目を合わせられず、声も裏返ってばかり。頭が真っ白になって、冷静な思考判断ができない。呪いの類かとも疑ったが、それなら屋敷に常駐する父の配下の一流魔法使いが何かに気づくはずだ。

 

「フラヴィア様、ご気分が優れませんか?」


 御者が心配して声をかけるが、フラヴィアは「問題ありませんわ」と耳まで真っ赤にした顔つきで言う。正直、説得力は皆無だが、あまり下手に追及して怒らせると職を失うことになるので、御者はそれ以上追及することはなかった。


「アルヴィン……さん」


 フラヴィアは、誰にも聞こえないくらい小さな声で、アルヴィンの名を何度も口にするのだった。

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