第14話 思惑

※明日は18:00頃の投稿です!




 時間は少し遡って――アルヴィンとシェルニがギガンドスを討伐して間もなく。




 ギガンドス討伐の指揮官を命じられていた、エルドゥーク王国騎士団のナイジェル分団長は、報告のためオーレンライト家の屋敷へ足を運んでいた。


「それで……猿どもの様子は?」


 黒檀の執務机に肘を置き、威圧的な口調と鋭い眼光をナイジェルへ向けるのは、オーレンライト家の当主――べリオス・オーレンライトだった。その横には、ひとり娘であるフラヴィアの姿もある。

 ナイジェルは脂汗をダラダラと流しながら、今日の戦果を語っていく。


「結果から言いますと……三匹いた猿の討伐は成功しました」

「何? 本当か?」

「すべてはこの私の指揮通り……いえ、私ひとりの力ではありません。これこそが、我らナイジェル分団の精鋭たちの力なのです!」


 熱弁を振るうこのナイジェルという中年男。彼はアルヴィンが最後に言葉を交わした騎士で、現場の指揮官であった。実際に討伐したアルヴィンとシェルニが、報酬をたかるどころか興味すらなさそうなのをいいことに、手柄をすべて自分の物にしようと周りの騎士たちにも言い含めていたのだ。


「そうか。よくやった。アブリー副団長には、私の方から君の活躍を伝えておこう」

「あ、ありがとうございます!!」


 ナイジェルはニコニコ笑いながら、部屋から去ろうと背を向ける――と、一瞬、フラヴィアと目が合った。だが、すぐさま視線を外し、そのまま部屋を出ていくナイジェル。その目はどこか――邪悪に映った。


「…………」


 今のナイジェルの態度を不審にフラヴィアは、父ベリオスへ声をかける。


「お父様」

「なんだ、フラヴィア」

「わたくし……ナイジェル分団長は何かを隠しているように思いますわ」

「おまえもそう思うか」


 オーレンライト親子は共にナイジェルの言動を不審に感じていた。

 というのも、今回の彼らの任務はあくまでも偵察。フラヴィアが町でかき集めてきた冒険者たちと共に、ギガンドスの数や固体特性を調査し、この後に控える本隊への情報提供とするはずだった。最低限の武装と支援部隊を配置していたが、この部隊だけでの決着は不可能だろうと考えていたのだ。


 しかし、ふたを開けてみれば、現偵察部隊であるナイジェル分団が、三匹のギガンドスを討伐したという。

 フラヴィアにはさらに引っかかる点があった。


「そういえば、町から冒険者たちを集めるようにとのことでしたが……あれはお父様の指示でしたわよね?」

「ああ……だが、提案してきたのはナイジェル分団長だ」

「そうでしたの。言われた通りに集めましたが、わたくしが直接行く必要はなかったのでは?」


 フラヴィアが直接ギルドへ出向き、金貨をばら撒いて集めた冒険者たち。ただ、人数をかき集めたいというだけなら、フラヴィアではなく代理の者を用意すればよかったはず。

 その理由について、当主ベリオスは静かに語った。


「おまえが今回のギガンドス討伐に参加しているという証明が欲しかった」

「討伐参加の証明? なぜですの?」

「その方が――救世主ガナードへいいアピールになるだろう?」


 ニタリ、と笑ったベリオスはさらに語っていく。


「おまえと救世主ガナードの縁談がうまくまとまれば、このオーレンライト家はさらなる繁栄の時代を迎える。そのきっかけを作ったこの私の名も、未来永劫語り継がれるだろう……ハイゼルフォードやレイネスにおくれをとるものか」


 フラヴィアとガナードの縁談。

 それは、娘の将来を思っての結婚ではなく、他の御三家であるハイゼルフォード家やレイネス家を出し抜き、国内でも随一の力を持とうと企むベリオスの政略からくるものであった。


「……そのことについては、心得ていますわ」


 フラヴィアも、ガナードとの縁談は了承していた。

 そもそも、直に顔を合わせたことさえないため、好きも嫌いもないのだが、オーレンライトという家に生まれた以上、自分に自由がないことは幼い頃から身に染みて分かっていた。

 その分、地位と金は山ほどある。フラヴィアからすれば、それほどいい物には思えないのだが、どうもこの世の中はそのふたつで優劣が決するらしい。


 ガナードとの縁談については今になって騒ぐことではない。


 だが、縁談の言葉が出た時、なぜか真っ先に脳裏へ浮かんだのは――ギルドで出会った青年だった。


『あんたを守ろうなんて気はこれっぽっちもないからだ。それと、あんたが冒険者たちにやらせようとしているクエストとやらも、受ける気はない』


 これまで、あんなふうに冷たい目をして、しかもあそこまで雑な扱いを受けたのは生まれて初めてだった。誰にもどこにも属さない存在――だが、話に聞くと、ダビンクのギルドマスターはあの青年に信頼を寄せているらしい。あの町だけでなく、他の町でも評判がいいらしい。


「…………」

「? どうかしたのか、フラヴィア」

「っ! い、いいえ……なんでもありませんわ」


 あの青年のことを考えると、頭がボーっとしてくるので、切り替えることにした。

 今回の場合、どちらかというと問題はナイジェルの方だろう。


 ギガンドス三匹を、あの戦力で討伐できるとは思えない。

 そう考えた時、真っ先に脳裏へ浮かんだのは――ギルドで出会った青年だ。



 これまで、自分の言う通りに動かなかった者はいない。それなのに、親衛隊のリチャードとハミルを瞬殺したあの青年は平然と断った。それ自体も衝撃的で忘れがたいのだが、フラヴィアの思考は別のところに向けられていた。


 それは――青年が持つ並外れた戦闘能力。

「まさか……」


 フラヴィアの頭に、ある考えが浮かび上がった。

 あの青年は、オーレンライト家が用意したクエストを断った。だが、あの時、クエストの詳細については伝えていない。あの後、ギガンドス出現の話をどこかで聞き、独自に討伐へ乗り出した可能性もある。


「魔剣を持つあの冒険者の強さなら……」


 場合によっては、虚偽の報告をしたナイジェルに罰則を与えなくてはならない。


「確認をする必要がありそうですわね」


 フラヴィアは静かに決意を口にする。

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