第4話 冒険者ギルドへ

 町の中心部はとてつもない賑わいだった。

 商業都市というだけあって、あちこちに店舗や屋台で物を売る商人たちとそれを買いに来た客で溢れかえっている。なんでも、経済政策の一環として造られた都市らしく、商人たちが縛りなく商売できるよう、一部業種に関しては国王陛下の肝煎りで税の免除などもあるそうな。


「相変わらずの活気だな、ここは」


 以前来た時と変わらない喧騒。

 普通に歩いているだけで、いろんな商人に声をかけられる。


「兄ちゃん、野菜買っていかないか!」

「新鮮な果物はどうだい?」

「男なら剣だろ! 安くしとくよ!」


 俺はそんな誘いを適当にあしらいつつ、目的地の冒険者ギルドを目指す。

 確か、この噴水のある広場を東に進めば――


「お、見えた」


 記憶を頼りに進み、たどり着いた冒険者ギルド。

 ここも、救世主のパーティーにいた際に来たことがあった。あの時は当時の最難関クエストを半日で達成し、地元の冒険者たちを驚かせていたな。

 

 ただ、今回はそのような大掛かりなクエストは受けない予定でいる。

 大金は必要ない。

 とりあえず、日々の生活費と、これから始めようと思う店の開店資金のための貯蓄分が稼げればそれでいい。


 今後の計画を頭の中で整理し、とりあえず受付カウンターで冒険者登録をしようと受付嬢に声をかけた。


「すまない。少し聞きたいのだが」

「はーい♪」


 応対してくれたのは金髪に猫耳の生えた女の子――猫の獣人族のようだ。

 ……て、あれ? この子は……。


「にゃっ! アルヴィンにゃ!」 

「覚えていてくれたのか、リサ」

「もちろんにゃ!」


 そう言って、俺の手を握り、ブンブンと振り回すのは受付嬢のリサ。外見の年齢は俺と大差ないが、それでも五十年くらいは生きているらしい。

 実は、彼女の父親であるザイケルさんがこのギルドを仕切っている、いわば支配人であり、以前、ガナードたちと来た時には随分と世話になった。その際、受付嬢であるリサとも知り合ったという経緯があったのだ。


「今日はどうしたにゃ? またこの町に戻ってくるのにゃ?」


 グイッと顔を近づけるリサ。……前に会った時もそうだったが、この子は何かと距離が近いんだよなぁ。そういうところが猫っぽいといえばそうなんだけど。


 とりあえず、俺はこの町にたどり着くまでの経緯を話してみた。

 その結果、リサから返ってきた反応は――


「にゃに……それ……」


 ドン引きである。


「信じられないにゃ! 宿の手配とかアイテムの調達とか、全部アルヴィンがやっていたのに、切り捨てるとかあり得ないにゃ!!!!」

「だけど、もうその必要はなくなったし……」

「大体、戦闘で役に立たないって言い分も腹が立つにゃ! 魔剣使いのアルヴィンに通常の剣を装備させている時点でおかしいのにゃ! 戦士に杖持たせて魔法を使えって言っているようなものにゃ!」

「ガナードには魔剣も普通の剣も同じだと思ったんだろ」

「役割に合わせた武器の装備なんて初歩中の初歩! そんなことで本当に魔王なんて倒せるのか疑問にゃ! ふしゃーっ!!」


 リサの怒りはまだ収まらなかった。


「ていうか、あいつらを一躍有名にしたあのSランクのクエストだって、アルヴィンがパパに粘り強く交渉したから、受けさせてもらえたわけなのにゃ! それを忘れたのかって言ってやりたいにゃ!」


 腕を組み、頬を膨らませるリサ。


 ……そうだったな。


 最難関クエスト――五段階ある難易度の中でもっとも高いSランクの仕事は、当初このギルドの支配人であるザイケルさんが信頼を置く一部パーティーのみが受けられる限定的なものだった。


 その内容は、ダンジョン内に棲みついた大型モンスターの討伐。


 だけど、情報を聞く限りでは、当時のガナードたちで十分に討伐できるモンスターであると確信していた俺は、なんとかこのクエストを受けさせてもらえるよう交渉した。

 当然ながら、すぐに許可は下りなかった。

 まだ旅立って間もない頃で、実績なんてありはしなかったし、支配人であるザイケルさんが救世主という存在に懐疑的な意見を持っていたことも手伝って、なかなか首を縦に振ってはくれなかった。


 それでもなんとか頼み込んで、一日という期間限定を条件にクエストを受けさせてもらうことになった。

 後から聞いた話だが、これは相当無茶な条件だったらしい。

 本来なら、幾重にもトラップを重ねて、大量の人材を投入して倒すのが定石とされているとのこと。それを、まだ駆け出しの俺たちがたった四人で挑むというのだから、そりゃ無茶だよなぁと思う。

 ――だが、このクエストに関しては俺の見立てが正解だった。

 ガナードたちは、大型モンスターをたった半日で仕留めたのだ。

 その戦果に、ギルドが沸いた。

 救世主パーティーの面々は冒険者たちから賞賛を受けたが、ザイケルさんは交渉の際の俺の度胸を気に入ってくれたらしく、「俺の右腕としてここに残らないか?」とまで言ってくれた。


「パパはまたアルヴィンに会いたがっていたから、きっと喜ぶにゃ!」

「そのザイケルさんは?」

「それが……残念ながら、今は不在にゃ。王都から呼び出しがあったらしいけど、私には内容を教えてくれなくて」


 シュン、とリサは項垂れた。

 しかし……王都からの呼び出し、か。

 なんだか穏やかではない感じだ。


 ……まあ、そういった国家レベルの問題事は、ガナードたち救世主パーティーが解決してくれるだろう。


「ともかく、そういったわけだから冒険者登録を頼むよ」

「分かったにゃ。パーティー募集は――て、その指輪は……」


 話の途中でリサの視線は、俺の指輪に釘付けとなっていた。


「身分保証……相手は誰にゃ?」

「キースさんって商人なんだけど」

「!? キ、キースさんって、あの大商人の!?」


 リサは相当ビックリしたようで、頭の上のふたつの耳がピコピコと忙しなく左右に揺れていた。


「知っているのか?」

「超有名人にゃ! というか、アルヴィンはキースさんと知り合いだったのにゃ!?」

「まあ……だいぶ世話になったな」


 興奮気味のリサをなだめつつ、俺は話しを続けた。


「パーティー募集の件だけど、とりあえずなしでいいかな」


 ギルドにあるクエストの中には、複数人で挑まなければ困難なものもある。そういった達成条件の厳しいクエストは必然的に報酬も高くなる傾向にあった。


 ただ、俺はパーティーというものにはあまりいい思い出がないので、しばらくはソロでやっていこうと考えている――がリサは納得いっていないようだ。


「どうしてにゃ!? あの滅多に保証人にならないキースさんのお墨付きとなれば、この町で一番の冒険者パーティーからだって快く迎え入れてくれるはずにゃ!?」


 マジか。凄い人って言うのは分かっていたけど、まさかそこまで影響力のある人だとは思っていなかったな。


「と、当分はひとりでいいよ。そのうち、ここの冒険者たちと顔馴染みになれば、誰かと組むことになると思うけど」

「……まあ、確かに、冷静に考えたら、最初はその方がいいかもにゃ。魔剣使いで凄い人のお墨付きがあるとはいえ、アルヴィンはまだソロでの実績皆無なわけだし……募集をかけても疑われて人は集まりそうにないかもにゃ。それじゃあ、ライセンスを発行してくるから、ちょっと待つにゃ」


 リサは俺の考えを汲んでくれたようで、とりあえずパーティーの募集は一旦保留となった。ライセンスが発行されるにはもうちょっと時間がかかるため、先にクエストが張り出されている掲示板へと向かった。


「さて、俺のランクで受けられるクエストは……」


 俺が視線を向けた先にあるのは、Eランクのクエスト。このEランクが、冒険者の中でもっとも低いランク――つまり、初心者というわけになる。


 前のパーティーにいた時は、あくまでも数合わせということでダンジョンに潜っていた俺は、個人で冒険者ライセンス取得はこれが初となる。


 あと、このクエストの内容だけど――これが、このダビンクの冒険者ギルドを選んだ最大の理由だった。


 商業都市ダビンクは周辺にダンジョンが多い。

 そのため、クエストも大型モンスター討伐から薬草採集に至るまで、バラエティに富んだ内容になっている。選びたいのは戦闘絡みでないクエスト――いわゆる採集クエストってヤツを主体に選ぼうと考えていた。


「おっ? この魔石採集のクエストいいな」


 早速いい感じのEランククストを発見。

 よし、ライセンスが発行されたら早速申請してみよう。




 ――しばらくすると、ライセンスができた、とリサが俺を呼びに来た。

 発行されたライセンスは手のひらに収まるほどのサイズだが、身分保証の時と同じように、俺の魔力を登録させることで、個人を識別できる。たとえ紛失してしまっても悪用されることはないが、再発行の手続きは結構面倒くさい。一度、ガナードがなくした時に経験済みなのだ。

 最後に、キースさんからの報酬で武器を新調。さらに、必要最低限のアイテムを購入し終え、準備は完璧に整った。


「うし! それじゃあ行くか」


 気持ちも新たに、俺の新しい生活の第一歩――冒険者としての日々はこうして幕を開けたのだった。

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