第3話 商業都市ダビンク
キースさんの仕事を手伝いながら、ダビンクの町を目指す。
仕事の途中も、俺はキースさんからいろんなことを新しく学んだし、その仕事場で新しい伝手もできた。これまでもやってきたことだが、なんだか「懐かしい」って気分になったな。これも、前世の記憶がよみがえったからか。
そうして迎えた旅の三日目。
朝から馬車に揺られること数時間――徐々に夕暮れが近づいてくる頃、御者を務めるキースさんから、荷台でうとうとしている俺に声がかかった。
「アルヴィン、見えたぞ。あれがダビンクの町だ」
その声で一気に意識が覚醒した俺は、荷台の窓から外の景色を眺める。
「おぉ……」
思わずため息にも近い声が漏れた。
小高い丘の上を進む馬車から見えたのは、広大な都市。
「久しぶりだなぁ……」
この町――ダビンクは、以前救世主パーティーの一員として訪れたことがある。あの頃はまだ駆け出しで、今ほど救世主ガナードの名が世間に広まっていなかった。だから、俺はこの広い町を端々まで走り回って、宿屋の手配や武器・アイテムの調達に必死だったのだ。
まあ、大変な思いをしたおかげもあって、あちこちに伝手ができたのは確かだ。その点は、唯一、ガナードに感謝すべき点かな。
「ここまでありがとうございました」
「こちらも手伝ってもらって大助かりだったよ。気をつけてな」
「はい! キースさんも、お元気で!」
「うむ。君に、多くの幸が訪れることを願っているよ」
馬車に乗る商会の若い衆とも親しくなったということもあって、別れる辛さが増したということもあったけど、これでずっと会えないというわけではないし、またいつか、きっと会えるだろう。
馬車が見えなくなると、俺はダビンクの町へ向かって歩きだした。
商業都市ダビンク。
その名が示す通り、ここは大陸中の商人だけでなく、海を渡ってきた他国の商人たちも多いため、非常に賑やかな町だった。エルドゥーク王国の商業中心地といって過言ではない。
町へ近づくと、まず検問が待っていた。
この地で生まれ育った者は、交通書を見せるか、身分証明をする必要があった。
俺はいかつい門番の兵士に、キースさんからもらった指輪を見せる。魔力を照会してみると、相手があの大商人であると分かった途端、兵士は敬礼をして俺を中へと通してくれた。思った以上に効果絶大だな、この指輪。
「さて、と……まずは宿探しかな」
冒険者ギルドへ行って登録をしようとも思ったけど、夜も遅いため今日はやめて明日改めて向かうことにしよう。
というわけで、まずは寝床確保のため、町を闊歩する。
道すがら、大変だったあの時期を思い出しながら進んでいき、たどり着いたのは少し路地を入ったところにある小さな宿屋。
この町の相場を考えたら安値に入る宿だが、店の雰囲気は俺好みだった。もっとも、ガナードには「汚くて狭い」と一蹴されてしまったけど。
カランカラン、というベルの音を聞きながら、俺は店内へと入る。
「いらっしゃい」
ロビーの受付には禿げた中年男性がいた。
彼の名はディンゴ。
一ヶ月ほど前に、宿賃の交渉をした際、顔を合わせたので覚えているとは思うが、どうも新聞を読むのに夢中らしく、来客が俺であることに気づいていないようだ。
「お久しぶりです。ディンゴさん」
「ん? ――おっ? 誰かと思ったら、救世主パーティーの商人じゃないか」
「その節はどうも」
……相変わらず、客商売しているとは思えないくらい、気だるそうにしているな、この人は。別の店の人にそれとなく聞いてみたけど、昔は某大国の賢者をしていたらしい……まあ、さすがにそれは嘘だろうな。
それはともかく、俺は軽く挨拶を終えると、もはや恒例となりつつある事情説明を行った。
「ほぉ~……そりゃ災難だったな。それにしても、救世主パーティーは大丈夫なのかねぇ……裏方の仕事は全部おまえに任せきりだったろ」
「ええ、まあ……」
ディンゴさんは、俺がこの町でどんな働きをしていたのかよく知っている。
あと、俺はこの店の常連だった。
まだ駆け出しで金がない頃は、全員が高級宿屋に泊まる金がなかったので、俺だけがこの格安宿屋に泊まっていた。といっても、ディンゴさんはぶっきらぼうながらいい宿屋の見分け方などをアドバイスしてくれたりして、俺としてはとてもありがたいサービスを受けることができたので、文句などないが。
「それで、部屋はありますか?」
「二階の203号室が空いているぞ。ほれ、こいつが鍵だ」
俺はディンゴさんから鍵を受け取り、礼を述べると、部屋へと向かう。
そこは、以前泊った時と同じ部屋だった。
「ふぅ~……」
馬車での旅は快適だったが、やっぱりベッドで寝るというのは格別な贅沢だと思う。
ようやく休めると思った安堵感から、俺は手荷物を雑に放り投げる。金を除けば、貴重品が入っているわけじゃないからこその扱いだったが、そこからカランカランと音を立ててある物が俺の足元に転がってくる。
「あっ」
思わず、俺は床に転がるそれを手に取った。
手荷物から落ちたのは剣だった。
ガナードに使用を禁じられていた魔剣だ。
俺の師匠である元聖騎士ロッドさんが手に入れたという魔剣。
自分では扱えないが、おまえならきっと使いこなせると、あの人に引き取られた日から修行に明け暮れた。
ロッドさんの修行は厳しかったが、こいつを使いこなせれば、魔力を増幅させ、自在にその形を変化できる魔剣の力――いうなれば、どの属性の魔法も操れるということ。
剣士と魔法使いの両方の特性を持つことができる魔剣。
これならば、救世主パーティーに身を置いても十分にやっていけるはずだと師匠は言っていたし、俺もその通りだと思っていた。
そして、実際に使いこなせるようになって勇者パーティーに入ったが――現実はそううまくはいかなかった。
「懐かしいなぁ……」
剣を眺めて思い出に浸る――が、今はそれどころじゃないな。
明日の予定とか、いろいろと決めたいことはあったが、ベッドで横になったが最後、俺は睡魔に負けてそのまま深い眠りへと落ちていった。
◇◇◇
翌朝。
窓辺で羽を休める小鳥の囀りで、俺は目を覚ました。
「朝か……」
ベッドから起き上がり、軽く伸びをすると、俺は部屋を出て一階へと向かう。
すると、ロビーで廊下の掃除をしているディンゴさんを発見――が、どうにも様子がおかしい。見ると、十五、六歳くらいの女の子と話をしているようだが……ディンゴさん、なんだか困っているような? とりあえず、話しかけてみるか。
「おはようございます、ディンゴさん」
「!?」
俺が話しかけると同時に、女の子は大慌てで走り去っていった。なんなんだ?
「おう、アルヴィンか」
「さっきの子は?」
「それが、どうも声が小さくてよく聞き取れなくてなぁ。たぶん、ここで働きたいって頼みに来たんだと思うんだが……正直、そんなに仕事はねぇしな。断っちまったよ」
そうだったのか。
まあ、商業都市っていうくらいだから、ここには働き口がたくさんある。可愛いらしい子だったし、仕事は見つかるだろう。
「出かけるのか?」
「ええ。とりあえず冒険者ギルドへ行こうかなと」
「冒険者ギルドか……おまえ、戦えるのか?」
「この剣は飾りじゃないですよ。剣術は昔からたしなんでいます」
魔剣を使わない俺の実力は、戦闘特化タイプのあのふたりに比べたら足元にも及ばないけど、今は解禁された状態。これならば、条件問わず、いろんなクエストに挑戦できるからありがたい。
「まあ、おまえならうまくやるだろ」
最後に、適当な感じでエールを送られたけど、この人は大体いつもこんな感じだ。
さて、キースさんに続いてディンゴさんからもありがたい激励のお言葉をいただいたので、しっかり励むとしますか。
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