刺激的な神

 ただ、、彼が心を開いてくれるのではないかと思った結果が、これだっただけなのだが。


(男友達って、えっちな本とか……見せ合わないの? そんなこと、ないよね?)


「それは、恵壱には刺激が強すぎる。というか、解良ちゃん、女の子がそんなこと男に訊いちゃだめだ」

「おかんにエロ本を机の上に置かれた以上の衝撃」

「そ、そんなにダメでしたか? すみません」


 しゅんとする未唯に、周りはオロオロとフォローする。


「いや、うん。恵壱だったからこうなっただけで、普通の男にそんなこと訊かなきゃ大丈夫だよ、多分」

「そうそう、ちょっと白目向いちゃうくらいだから。でも、君みたいにかわいい子が言うのは余計良くないから、やめとこう」 


 三年の河島と二年の野中がそうフォローする。


「うう……」

「恵壱、目が覚めたか!」

「お、俺は一体……? ここは……どこです?」

「恵壱、お前……! そんなベタな……」

「……ちょっと、ベタすぎましたね」  

 

 むくりと恵壱は起き上がる。


「け、解良さん」

「は、はい!」

「エ、エロ本の場所は、ちょっと教えられない……」

 

 やはり、目を合わさず恵壱はそう言った。


「いえ、私……本当にごめんなさい。男友達みたいに接したら、恵壱くんの女性恐怖症も、少しは和らぐかなと思って……。でも、男友達っぽい質問を間違えたみたいで……」

「あ、うん……。そっか。うん。そういう意味であの質問だったのか」

 

 掛け違えそうになったボタンをゆるりと元の位置へと戻す様に。

 恵壱の女性恐怖症は、未唯の出現によって治ってきているように周りには見えていた。

 恵壱本人すら、気付いていないほど、急速に。

 本人の中にも、このままではいけないという気持ちがあったからかもしれない。


 恵壱は、女が恐い。

 いつ、またあの言葉で、自分を締め付ける様に苦しめられるのかと思うと、身がすくむ。声が出なくなる。体が動かなくなる。

 まだ、この目の前の彼女は一度だって、自分のことを『キモい』『近寄るな』などと、言ってはいないのに。

 それが分かっているのに。

 そんな言葉を投げかけられるくらいなら、はなから近付かない方がいいと、思っていた。

 今の未唯が自分を想う気持ちを無視して、未来の未唯を勝手に想像していた。


(彼女も、俺をさげすむと勝手に思い込んで遠ざけて、恐がって……。俺の態度、なんなんだ。……最悪じゃないか)


 自分を、ぶん殴りたくなるほどに。


「俺こそ、ごめん」

「? なんで、恵壱くんが謝るの? 悪いのは、私なのに」


 くすりと、未唯が困ったように笑った瞬間に、他のサークルメンバーたちは顔を見合わせてうなずきあった。

 

「さあ、ここからは飲み会で親睦を深めようか」



◆ ◇ ◆


 おのおの、バカなことを言い合いながら、飲み会は緩やかに進んでいく。

 

「江田さんはさぁ。ずるいんだよ、ずるい男なんだよ」

「意味がわからん。なにを根拠にそのような事を言うのだね? 20字以内で答えたまえ」

「な、ん、で、デ、ブ、な、の、に、モ、テ、る、の」


 指を折りながら数える河島。


「か、河島さん……無礼講にもほどがありますよ」

「それをずるいと表現するのはおかしいだろ。モテる男はデブでもモテる。それが真理と言うだけだ」


 自信満々の返答に、河島は哀しげな表情で眼を見開いたかと思うと、ブルブルと震えだした。 


「くそー!! 俺も、モテたい!! モテにモテて、お風呂に美女侍らせて札束風呂したい!」

「お前、俺が金で女を侍らせてるみたいな言い方するな。札束風呂なんてしたくてもできねえよ」

「あ、中井、そこのうすしおぽてち、こっちの皿に分けて」

「あいあい」

「私そのコミックス全巻持ってるよ? 貸そうか?」

「え、マジで? いいの? 読んでみたかったんだよ、あれ」

「あれ、俺も満喫で読んだ。ラストが衝撃的だったな。そんなオチ?って」

「マジですか、ネタバレしないで下さいよ!?」


 恵壱は、皆が好き勝手に盛り上がっているのを、ぼんやりと見るのが割と好きだ。別に話に入っていけないわけではないし、もちろん混じる。

 だが、なんというかなんとなく第三者視点でいたい自分の性が、そうさせるのだろうか。

 目の前の光景が、アニメーションを見ているような、漫画を読んでいる様な、そんな画面を隔てた非現実的なものに思えることが、時々ある。

 個性的な面々は、見ていて楽しいし、その中の一員である自分が、登場人物のように思えて嬉しい。

 本当は、思っているよりも世界は、優しい人たちでできているのだなと、安心もできた。

 時間も22時になろうという頃だったが、誰も帰ろうとしない。

 それどころか、ペースは落ちないままずっと飲み続けている為、そろそろ飲み物が尽きそうになる。


「おっとー、飲み物がなくなってきたな」

「あの、私、そろそろ帰ります」


 未唯が壁に掛けられている時計を見て立ち上がると、すかさず枝元がごく自然に言った。


「じゃあ、送ってやれよ恵壱」

「え、俺ですか?」


 その指名に、きょとんとした顔で恵壱が問い返す。


「だって、飲んでないのお前だけだし」

「えっ!? 大和は!?」

「あれ、もう大学入って半年も経つのに知らなかったの、恵壱。こいつお前と同じ一年だけど、浪人してんの」

「自分、八月でハタチになったッす!! 酒呑めるッす!」

「「!?」」


 恵壱だけではなく、未唯も驚く。

 他の人間が何を飲んでいるか見ていなかったし、大和は今までの飲み会では間違いなくソフトドリンクを飲んでいた。

 今回もそうだとばかり思っていた恵壱は、はかられた、とこの時気付いた。

 言われてみれば、いつもよりも幾分テンションが高いと思っていたのだ。


(気を付けてるつもりだったのに……くそ! 全部枝元さんの掌の上だったっていうのか……!) 

 

 その視線に気付いたのか、枝元はにやりと笑う。


「お前、一人で女の子帰らせて、いいと思ってる?」

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