神はその場所が知りたい

 電車に揺られ、徒歩十分の恵壱のマンションの近くにある大型スーパーへとゾロゾロと皆で入る。

 各自手軽につまめるものと簡単な調理で済む好きなものを買い漁って、酒を大量に籠に入れる。


「分かってると思うけど、20歳ハタチになってない奴はソフトドリンクな」

「固いな~、江田は」

「誰かに見られてて、このサークルが解散なんてことになったらどうする。先輩に合わす顔がなくなるだろが」

「人間、固いくらいがちょうどいいんですよ」


 そう恵壱が口を出すと、枝元が恵壱の肩を組んだ。

 呆れたような顔をして、離れた場所でスナック菓子売り場にいる未唯を見ながら、脇腹をつつく。


「人間的にはそれでいいけど、解良ちゃんには、もうちょっと柔らかくなれるように努力しろよ」

「わ、分かってますよ!! 俺だって好きでこうな訳じゃない。分かってても、体がうまく動かなくなるんです」

「んー、やれやれ。……まあいいや。みんな、お前が悪い奴じゃないって知ってるからな。お節介だって思うかもしれないけど、克服してほしいとも思ってるんだ」

「はい……」


 なぜか枝元はにやりと笑って、肩から手を外した。


(!? 枝元さんのあの顔、何か企んでる顔だ……)


 今まで何度か見たことのある顔に、恵壱は警戒した。

 初めて見た時は、たしか大和に付きまとっていた女の子に、大和を諦めさせた時。二度目は、レポートが間に合わないと那覇が枝元に泣きついた時。

 何をどうしたのか恵壱は知らないが、どちらもうまく解決してしまった。

 助けてえだえもん~! という言葉を発した時には、会長の江田と副会長の枝元が、どっちのえだだ? で返すのがお約束だ。

 問題解決のスペシャリスト枝元は、みんなからは≪ソルバー≫と呼ばれている。

 だがなぜそんな風に解決できるのか、という質問に対しては、『やってることは大したことじゃない』という返答しか帰ってこない。

 

(差し当たって今の問題は……俺のことだろうし……。ああ、嫌だなぁ)


 解決される側に回ってしまった時、自分がどうなるのか分からず不安になった。


 そんな不安をよそに、とりあえずまとめて江田が会計をして、ゾロゾロと恵壱のマンションへと向かって歩いて行く。

 鍵を恵壱が開けると、元気よく挨拶をする面々。


「おじゃましまーす!」

「いつも言ってますけど、左右と上がいないからって騒ぎすぎないで下さいよ!?」

「分かってるって」


 次々に部屋に上がり込んでいく皆に対して、ぶつぶつと恵壱は小言を言っているが、言われる方はどこ吹く風だ。


 ――ただ一人を除いて。


 未唯は、気付かれないようにごくりと喉を鳴らす。

 男性の部屋に始めて入るのだ。緊張しないわけがない。

 この緊張に気付かれれば、あんな本を描いておいて、と言われるかもしれない。この目の前の男性が、自分をきららだと気付いていれば。

 でも、どうやら気付いていないようで、そのツッコミはない。  

 努めて冷静に、彼女は言った。


「おじゃまします」

「は、はいどうぞ」 

 

 相変わらず、恵壱は未唯に目は合わせないが、会話は普通に成り立っている。


(私の事を、男だと思ってもらえたらなんとかなるのかな……。でも、それじゃあ根本的な解決には、ならないよね。女の子は怖くないんだって、思ってもらわないと……)


 恵壱の女性恐怖症解決の為に、特別なことはしなくていいと江田は言った。

 だが、未唯は真面目な少女で、初めて自分の同人誌に感想をくれた恵壱に、なんとかして恩返しをしたいとも考えていた。


「恵壱くん……」

「んひぃん!!」


 その呼び掛けに、びくりと激しく体を震わせる恵壱。


(呼び掛けただけで、そんなに怯えなくても……)


 未唯以外の人間と話をしている時は、本当に普通で、自然なのに。

 恐る恐るこちらを――、見ようとしているがまだ見てはいない。

 未唯の斜め左下を見ている恵壱に、その女性恐怖症の根深さを知る。


(私も、普通に話をしたいのに。男友達みたいに……)


「な、なに?」

「エッチな本は、どこに隠してるの? 見せて?」

「ブーーッッッ!!!!」

「なっ、なんだ、恵壱!! どうした!?」


 すでに色々と勝手に広げていた他のメンバーたちも、その恵壱のただならぬ様子に気付いたらしい。

 急いで全員が恵壱に走り寄る。


「恵壱……!! ……ひぃっ! し、白目向いてる!!」


 白目を向いてピクリとも動かない恵壱を、みんなで部屋の奥のベッドまで運ぶ。


「どうすれば、恵壱にこんな深刻なダメージを……!? あっ! 再起動したら、ダメージが回復するかも! Ctrl+Alt+Deleteだ!」

「江田さん、恵壱はPCじゃないですよ!? でもぶん殴ったらそっちの衝撃で、さっきの衝撃を忘れて回復するかも?」

「ここは俺に任せろ、枝元神拳で秘孔を押せば起き上がるはずだ」

「確かに枝元さんなら起こせそうだけど、なんか恐い! 枝元神拳!? 枝元家には一子相伝のそんな技が本当にあるんですか!?」

「安心しろ、今思いついた。だが、いけるはずだ」

「ほんとうに!?」


 混沌カオスである。

 江田がなんとも言えない顔をして、未唯に訊ねる。


「解良ちゃん、一体恵壱に何を言ったんだ?」

「え……あの……エッチな本はどこに隠してるのって……」

「「「ブーーッッッ!!」」」


 他のメンバーたちも、未唯のその衝撃発言に白目を向きそうになる。

 そんなことを女性に言われてしまったなら、こんな風にもなるだろうと皆が納得した。

 そこで初めて未唯は、自分が恵壱と仲良くなる為の言葉選びを間違えたことを知った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る