救世主、いや女神

「……いいですか、世の中にはサークルクラッシャーという言葉が存在する。知らないはず、ないですよね」


 ややあって、石化から復活した恵壱は、そう未唯以外のみんなに諭す様に言った。

 その言葉を受けて、おろおろと未唯は返す。


「私、あの、そんなつもりでは……」

「そうだぞ、恵壱お前、失礼にもほどってものがあるぞ。てか、今年このサークルに女性がいなかったのはたまたまで、なんなら卒業した先輩は全員女性だった。たまたま男ばっかりになったところに、お前が入って来ただけだ」

「うぐぐ……」

「うぐぐてwww 実際にそんな風に言う奴初めて見たわ」


 茶化しながら、関西出身で三年生の中井が突っ込む。


「そもそもカル研は来るもの拒まず去るもの追わず。ジャパンカルチャーを広く浅く食い散らかしたい人間は、浅木学園生なら老若男女誰であろうと大歓迎だ。三年前の卒業生には50歳で大学に入り直した人もいたと聞いた」

「そこに、お前の個人的な女性恐怖症は関係ない。逆に、これを機会に解良ちゃんにその女性恐怖症をちょっとでも治してもらえばいいんじゃない?」


 会長江田と仲間だと思っていた大和から追撃をされて、また恵壱は沈黙する。


「え、えと……? 恵壱さんって、女性恐怖症なんですか?」


 未唯が、不安げに恵壱を見たり江田を見たりしている。

 江田は肩を竦めてそれに答えた。


「うん、そうそう。なんかね、昔女の子にきついこと言われたみたいで」

「そうだったんですか……」


 何かを考え込む様に、未唯は口に手を当てて俯いた。


「いつまでもそれが頭にこびり付いて離れないんだって。んでもまあ、分かるよ。思春期の傷って、ふとした瞬間に痛むよな。のた打ち回りたくなる時あるし」

「そう、分かる。分かるから、余計に早く立ち直ってもらわないと」

「結局世の中の半分は女性なわけで、いつまでもこのままじゃ就職もままならないだろうし。説明会の人や面接官が女だったら途端に固まるようじゃ、どうしようもないだろうしな」


 カル研副会長の枝元はそう言った。

 カル研の四年生は、早々に就職は決まっている。だが、切実な言葉だ。


「ホンマやで。ぐちぐちいつまでも、昔の女にこだわってても、しゃあないやろ」

「昔の女って言い方、やめて下さいよ、中井さん。そんなんじゃないです」


 そこだけは、断固として否定した。


「別にお前が悪いわけじゃないんだろ? 恵壱は絶対に嘘を吐かないし、いい奴だ。良い日は来る。そのわれない中傷だって、お前が悪いわけじゃない。真っ直ぐ胸を張って生きて行けばいいさぁ。まくとぅそーけー、なんくるないさー」


 那覇が、そう恵壱を諭すように言った。


「そして、解良ちゃんはきっと、お前の女性恐怖症を克服する、救世主……女神となるさぁ!!」

「なんですかそれ、予言ですか?」

「カル研メンバー一同、そうなればいいなと思ってる」

「……」


 押し黙った恵壱を見ながら、未唯はやっと自分の中で、なぜコミケ会場であんな態度を取られたのか合点がいった。

 未唯自身、本が売れたことが余りにも嬉しくて、押しつけがましかったかと、あの後悶えていた。

 しかし、あの態度だったにもかかわらず、短いながら感想を貰えたことに、驚きと共に安堵していた。

 その後自分から送ったDMに返信はなかったことには、少し落ち込んだが。


(私が、同じ大学の恵壱さんを知っていて、カル研に後期から入るってこと、DMに書いたのに、知らなかったっぽい……?)


 顔を合わせた時の、全くの初対面のような態度の恵壱に、違和感があった。

 

(そういえばあの日は、どうしても目が痛くて眼鏡だったけど、私って気付いてないとか……まさかね)


「ということで、解良ちゃん」


 江田が未唯を呼んだので、そちらへ顔を上げると、部員たちは未唯に視線を集中させていた。


「あ、はい!」

「カル研に入ってくれてありがとう。恵壱はこんな奴だけど、悪い奴じゃないから仲良くしてやってもらえると嬉しい。あと、君を恵壱の女性恐怖症の克服に使おうと思ってるわけじゃないんだ。そう思わせたなら申し訳ない。解良ちゃんは別に気を使わずに普通に接してやってほしい」

「はい、こちらこそ。よろしくお願いします、恵壱さん」

「ぅあ、よ、よろ……しく、お願い、します……」


 眼を泳がせながらではあるが、恵壱のその返事に「オオー!」と、どよめきが走る。


「いいぞ、いいぞー! あんよは上手! あんよは上手!!」

「いや待て、解良ちゃん」

「はい?」

「恵壱は同い年なんだから、敬語とか使わなくていいから。くだけていこう」

「あ、はい、そうですね。よろしく、恵壱くん」

「……」


 微笑みながらした再度の挨拶には、恵壱から返答がない。

 プルプルと怯えた小動物のように震えていて、未唯は少し可愛いと思ってしまった。


「ああー、だめか。いや、大丈夫。大丈夫だ。まだ始まったばっかりだからな」

 

 やんややんやと盛り上がっている外野に、少しの悪意を感じた。

 だが、彼らがただの悪意のみでこんなことをしているとは恵壱も微塵も思っておらず、それは正しく彼らの気持ちを汲んでいた。


「そういえば、解良ちゃん。今日は君が入る前から元々決まってた、飲み会をする予定なんだ」

「はい! 飲み会ですか、いいですね! どこでやるんですか?」

「恵壱の家で」


 その発言に、恵壱は弾かれたように反応する。


「やっぱり、俺の家でしようと思ってたんですか!? なんでいつも当日にばっかり言うんですか!」

「ふっふっふ、嫌がらせだ。あとお前の部屋いつ行っても片付いてるし」

「嫌がらせしてる本人に暴露しないで下さいよ! ……いや、まあそれはいいんですけど、まだ来てないメンバーは?」

「ああ、今日のメンバーはこれだけだ。あとは帰省したまま、まだこっちに帰って来てない」

「別に履修登録の為に戻ってこなくていいもんね」


 だが、この人数なら普通に距離を開けて座れる、と恵壱は安堵した。


「さァ、楽しいショーの始まりだぜ!!」

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