第二百四十一話 それぞれの苦難な件

「あ、こりゃダメだわ」

 守は、打席に立つ東雲を見て思わずつぶやいた。


「オラァッ!!!」

 東雲は力任せにバットを振った。


 ――ギンッ!!!


「ダァッ!! クソッ!!」

 東雲が不機嫌そうにバットを放り投げた。打球は力無く打ち上がっている。


 ――パシッ!

 ショートがしっかり打球を捕球し、スリーアウト。明来の攻撃は三者凡退となった。


「チッ! またあのクソ遅ボールかよセコいな!!」

 東雲は不機嫌そうにバッティンググラブをベンチに投げ捨て、グラブを手にした。


「道具に当たるな。冷静になれよ」

 見かねた守は、東雲に声をかけた。


「あぁ? あんなセッコいピッチングされてムカつくに決まってんだろ! 俺様を舐めてんだろアイツら」


「舐めてもないし何もセコくもない。四番のお前を緩急だけで打ち取れるなら、誰だってそうする」

 守の言葉が刺さったのか、東雲は軽い舌打ちだけして黙った。


「まずさ、あんな山なりのスローボールを普段と同じ投球フォームから投げるのがどれだけ大変か、ピッチャーなら分かるだろ?」


「それで雲空君は、東雲、お前にしかあのスローボールを投げてない。つまりアイツらはお前を警戒して専用球を用意してるの。わかる?」


 守の言葉を聞いているうちに、東雲の口が緩んでいくのが見てとれた。守は内心、調子のいい奴だなと思いながらも、東雲がそれで機嫌を戻すならいいかと大人の考えをしていた。


「はぁーん。モブ達なりに一生懸命、俺という怪物に対抗する為に策を講じているんだな。なるほど納得。結構な事ですな」

 満足げな東雲を見て守は内心ドン引きした。コイツみたいな承認欲求の塊が、将来キャバクラとかで上手く営業されてシャンパンを無限に空けちゃうんだろうなと思った。


「わかったらサッサと切り替えて守る。ほら」

 守は東雲の背中を軽くたたいてから、マウンドまで駆け足で向かった。



 その後守の、四回裏のピッチングは二番、三番を簡単に打ち取り、再び雲空との対決となった。


 雲空は左バッターボックスに立ち、足を小刻みに動かして構えている。そして守のフォームに合わせて、まさにベストタイミングで足を大きく上げた。


「くっ……!!」


「ボール!!」

 守の投げたボールは外に外れた。


『また、物凄く嫌なタイミングでステップを踏み始めた。前の打席より更に速いクイックフォームで投げたのに』


守はボールを受け取り、いつも通りセットポジションに構えた。守はランナーがいるいない関係なく、常にセットからの投球を行う。


 ――ザッ、ザッ、ザッ


 守が長くボールを持っている間、雲空は常に足を小刻みに動かしている。


 ――ググッ


 守は、今度は右足をしっかり上げた状態で普段以上にゆっくり後ろに引いている。


 ――ザザザザ!!!!


 守はそれまでのゆったりしたフォームから一変し、素早く右足を前方に踏み込んだ。


 ――スッ


 雲空は右足をスラッと上げた。


 ――キィィィィィン!!!!!!


 

 守は振り返る事なく、マウンドで膝をついた。



 雲空の放った一打は、綺麗な放物線を描いてライトスタンドに突き刺さった。



 四回裏 ツーアウトランナーなし

 明来 ゼロ対ニ 永愛

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