第二百三十八話 自己最速更新な件
完璧だった。
守の投げたボールも、雲空の一打も。
守は狙い通りのスライダーを投じた。ベースの奥で、ギリギリ角を突くインローへの一球だった。
しかし雲空は、それを待っていたかのようなベストタイミングで、体付近の位置でボールを捌いた。打球は綺麗な放物線を描きながら、ライトスタンド上段へブチ込まれた。
「千河」
不破がすかさずマウンドにいる守へ声をかけに行った。
「ごめん。意地を張ったボクの責任だ」
守はサインに首を振った上で、ホームランを打たれたことを謝罪した。
「いや、完璧なスライダーだった。あれをスタンドへ運ぶアイツが一枚上手だったんだよ」
不破は、守へ新しいボールを手渡した。
「今の打席だけの話では、な。まだまだ行けるな、千河?」
「勿論」
守はボールを強く握りしめた。
「あぁ。次は絶対抑えるぞ」
不破は安心した様子で主審の元へ戻って行った。
「おいおい大丈夫かよ千河〜? 今日も全くボールに勢いがねぇぞ〜。代わるか〜?」
守の後ろで東雲がいつもの口調で煽っていた。守はガン無視を決め込んで、足元のロジンパックを手に取った。そして守はロジンパックを塗した指先にふぅっと息を吹きかけた。
「ム……」
守の仕草を安藤監督は見逃さなかった。
「愛亭君、ちょっと」
安藤監督はすぐに、五番打者の愛亭を呼び止めた。
「この回、千河君のボールが変わります。打たなくて良いです。ただ球数はいつも以上に稼いで、体力を消耗させて下さい」
「はい、承知致しました」
愛亭は返事をしてから打席に向かった。
「五番、キャッチャー、愛亭君」
愛亭は左バッターボックスへ立った。
「ふしっ!!」
守は思い切り腕を振った。
愛亭はバットをぴくりとも動かさず、守の投げたボールを最後まで目で追い続けていた。
「ストライク!!!」
アウトローいっぱいのストレートが決まった。球速は百二十五キロだ。
『球速自体は大したこと無いが、回転数が多く伸びがある。ボールの出所も見えにくい。そしてコントロールは抜群』
「ストライクツー!!」
『スライダーは変化量は小さいが、ホームベース寄りで曲がる。腕の振りは一緒。コントロールも間違えない』
「ファウル!!」
『そしてバッテリーは少ない球数で抑えようとしてくる。ストレートは基本、コースギリギリのストライクゾーンに偏る傾向だ』
追い込まれてから愛亭はファウルを打ち続けた。振らせに来るボール球はしっかり見極めて、フルカウントまで持って行った。
――ギュッ!
愛亭は普段より更にバットを短く握った。
『コイツ徹底して耐球してくるな。五番だってのにバットもかなり短く持ってやがる』
不破は少し考えてサインを出し、ミットを構えた。
『えっ!?』
不破は、守の心の声が聞こえてきた感じがした。彼が出したサインは真ん中付近のストレート、超甘いボールだからである。
――バシッ!!
不破はミットを叩いて、ど真ん中で構えた。とにかく無心で投げてこいと言わんばかりの雰囲気を醸し出していた。
「わかったよ」
守はニヤッと笑って、セットポジションに入った。
「っらぁ!!!」
守が思いっきり腕を振り抜いた。
『甘い、ど真ん中……!?』
愛亭は一瞬驚いたが、バットを思い切り振った。
――キィィン!!!
「センター!!」
打球は左中間方向であったが、広い守備範囲を持つ兵藤のエリアであった。ランニングキャッチでグラブに収まった。
「よし!!」
粘られての九球目、ようやくアウトを奪った守は小さくガッツポーズをした。
「千河」
不破が指を刺していた。守の奥を示しているようだった。守は振り返ると、全身から喜びが湧き上がってくることが感じられた。
「百三十……キロ」
バックスクリーンの球速表示には、先ほど投げたボールのスピードが表示されていた。守にとって百三十キロは、練習を含めても自己最速であった。
「ったく、この程度で一々喜びを噛み締めるなよ。俺たちはまだ速くなるだろーが」
「うっさい、水差すなバカ」
男子である、更には圧倒的な野球センスに恵まれている
「千河、今後は百三十まで投げられる前提で配球組むぞ」
不破は守るに拳を突き出し、マスクを被った。
「望む所だ……!!」
守はロジンパックを手に取り、息を吹きかけた。
二回裏 ワンアウトランナー無し
明来 ゼロ対一 永愛
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