第二百三十七話 特例選手な件
「四番、ピッチャー、雲空君」
二回裏、永愛の攻撃はキャプテンの雲空から始まる。雲空は左バッターボックスへ立った。
「おぉ……」
雲空の構えを見て、守は思わず声が漏れた。ピッチャー特有の感覚で、こいつは打ちそうだと思う瞬間があるが、それが今感じ取れたのである。
打席に入る時の落ち着いた所作、そして構え。秀才揃いのスモールベースボールが永愛の野球であるが、彼ひとり異質を放っていた。
キャッチャーの不破も当然、過去のデータから雲空を警戒している様子である。永愛の選手以上に優れている彼の脳内には、今まで全ての投手との成績が球種球速単位で記憶されている。
『ここまで耐球作戦をされているけど、多分雲空は違う。こいつはフリーバッティングが許されている特例選手だ』
守と不破の考えは一致した。初球から厳しく攻めるつもりだ。
『当然私たちのデータも全て握られている。当然私の球種は筒抜けだ。ならば――』
守は投球モーションに入った。雲空は足と腕を小刻みに動かしている。
『私自身の武器で攻めまくるッ!!』
守の柔軟性のある身体が体の開きを抑え、球持ちの良いボールが投げられようとしていた。
――ゾワッ!!
リリースの直前、守は思わず鳥肌がたった。
――スパァァァァン!!!
「ストライク!!」
守の百二十キロストレートに雲空のバットは空を切った。コースは得意のアウトローいっぱいであった。
『タイミング、バッチリじゃん……』
守は投げる瞬間、ものすごく嫌な感覚を覚えた。彼女はふーっと息を吐きながら、サインを覗き込んだ。
『二球目は、外に逃げるスライダー。ボールになってOKってことね』
守はセットポジションから右足を上げた。
――ゾワゾワッ!!!
守はまたしても嫌な感覚に陥った。
「くっ!!」
守のボールは大きく外に外れた。珍しく不破の構えたミットの位置から大きく逸れてしまった。
「クソッ、何だよこいつ……」
守はロジンパックで指先を整えた。
『私は一球ごとにモーションのタイミングを変えている。なのに雲空は毎回、私が投げる瞬間には完璧なタイミングで足を上げてきやがる……』
守はストレートのサインに首を振った。もう一度スライダーを投げたいのである。
『次は内奥に切り込むスライダー。投げミスはすぐ修正したい。』
不破が再びサインを出した。まさに守の投げたいボールと一致した。
『ホームベース先端時点ではボール、奥行きでゾーンを突けるスライダーだ』
守は投球モーションに入った。
――ザッ!!
守の投球直前、雲空はピタッと足を上げてボールを待ち構えている。
「仰け反れ!!!」
守は思い切り、指先でボールを弾いた。
――ッキィィィィン!!!
守はライトへ振り向く事なく、手を膝についた。
雲空の特大ソロホームランが飛び出した。
二回裏 ノーアウトランナー無し
明来 ゼロ対一 永愛
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