第二百三十三話 練習に課したノルマの件

「ストライク!!」


 主審の右手が上がった。

 碧海のストレートが決まり、バックスクリーン球速表示は百三十二キロを計測していた。


「OK、この数字をキープですよ」


 愛亭はボールを返球した。


『兵藤さんは左投手の百三十キロを超えるストレートが基準。碧海さんがこの数字を出している限り、外野フライの頻度は大幅に減少します』

 愛亭は二球目もストレートのサインを出した。それを見た碧海は頷いて、セットポジションに入った。


『バットを指一個分短く持ちましたね。あくまで基本はインコースで攻めます』


 ――ギィン!!

 兵藤の打球は力の無いショートへのゴロとなった。

 本来ショートゴロは、俊足兵藤にとってのヒットコースの一つである。しかしこの試合も、予め前進守備を取られている。


「落ち着いて、普段のノック通りに処理すれば間に合います」

 低く、低くと、愛亭はファーストへのカバーに走りながら、ショートへ声をかけた。


『兵藤さんのヒッティングにおける一塁到達タイムは、前の試合までで最速三.九二秒』

『身体能力の乏しい我々は、貴方への対策で、三.八秒をノルマに、前進守備の練習してきました……』


 ショートは素早く一塁へ送球した。


「アウト!!!」

 全力疾走をするも、兵藤の足は間に合わなかった。

 愛亭は足を止め、すぐマネージャー、知世の方を見た。


「三.九六、三.七五!」

 知世の言葉を聞き、愛亭とショートはよし、と小さくガッツポーズをした。

 最初に発した数字は兵藤の一塁到達タイム、後の数字は守備にかかったタイムである。


『碧海さんが、冬に球速アップを図っていて助かりました。彼のボールなら兵藤さんを含め、左打者にストレートでも勝負できます』


「二番、ショート、山神君」

 山神は、相手投手が左ということで、右打席に入った。


『さぁ、ここが一番厄介ですね。能力、精神面で全く隙のない山神さん。監督は正面からぶつかってみてはと仰っていましたが……』

 愛亭はマスク越しに碧海の顔を見た。彼は任せろと言わんばかりに、自信に満ちた顔をしていた。


『うん、こういう顔をする碧海さんは調子が良い。力をつけたストレート中心で攻めてみましょうか』


 ――スパァァン!!!

 碧海の百三十キロストレートが、アウトコース一杯に決まった。山神はバットをぴくりとも動かさなかった。


「よし、ナイスボールです!」

 愛亭は今の一球に手応えを感じていた。


『次もストレートで攻めましょう。正面』


 ――ギュゥゥン!!


 ――キィィィン!!

 山神のバットはアウトコースのストレートを捉え、勢いのあるゴロとなった。


 バシィッ!!!

 永愛のセカンドがダイビングキャッチで捕球し、すぐに一塁へ送球した。


「アウト!!!」

 山神は、セカンドのファインプレーに阻まれてしまった。

 このプレーには、観客席が大いに沸いた。

 今までのガリ勉弱小野球部とは比べ物にならない進化をしていたからである。


「守備がかなり鍛えられているでござる」


「ふーん、そっすか」

 駄覇は普段の調子で、特に興味もなさそうに話を聞きながら、打席へと向かって行った。


 一回表 ツーアウトランナー無し

 明来 ゼロ対ゼロ 愛亭

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