第二百三十一話 決別した兵藤の件
夏の予選大会、四回戦当日。
気温は朝から三十五度を超える猛暑で、その場に立っているだけで汗が滝のように流れていく。
兵藤は会場の隅、人気の少ない日陰のスペースで淡々と準備を進めていた。
「感心ですねぇ兵藤君。集合時間より一時間以上も早く来てアップするなんて」
「アンタか」
兵藤は後ろから声をかけてきた上杉監督の方を一瞬だけ見てから、元の視線に戻した。
「右足の方はどうですか?」
「問題ねーよ。医者からもOK貰ってるよ」
兵藤は目線を合わさずに、手でOKマークを作ってみせた。
「それなら良かった。あの日からギャンブルもしに行って無いようですし、教育者としてホッと肩を撫で下ろしますよ」
「黙れストーカー野郎。お前、自分の立場分かっててそれ言ってるなら相当性格悪いからな」
兵藤は舌打ちをした。
「そんな怒らないでください。だって条件でしょ?」
「……集中するから消えてくれ。集合時間には戻るからよ」
「わかりました。では、万全の準備をお願いしますね」
上杉監督がその場から立ち去ったことを確認してから、兵藤はスマホの画面を起動した。
兵藤はメッセージアプリを開き、少し間を置いてから、観念したかのように溜息をついた。そして何件かのアカウントをブロックした。
「もう俺には必要のない連絡先だからな……」
兵藤は呟きながら、少し後味の悪さを感じていた。
「切り替えよう。今日の対戦相手……永愛高校って言ったか?」
兵藤は永愛高校野球部を検索し、何件か記事を見たり映像を確認した。特に左投手の碧海の動画は何度も見返した。
永愛高校のエースはキャプテンも務める雲空である。ただ左打者が多い打順や、左を苦手にするバッターがいる場面では碧海と守備位置をスイッチする事で知られている。
「冷静に客観視したら……恐らく先発はこの碧海だ。理由は簡単、俺というカモが一番にいるからな」
兵藤はスマホを置いてシューズの紐を締めなおした。
「舐めんじゃねーぞ秀才共。勝負の世界は単純じゃねーんだよ」
兵藤は右足に力を入れて、短距離ダッシュのトレーニングを開始した。
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