第二百二十一話 完璧なリリーフの件

「ストライク!!! バッターアウト!!!!」


 主審の声が球場全体に響き渡った。そして観客席から大きな声があがった。というのも、中学二年生から続いた豊洲の無三振記録がここで途絶えたからである。

 

「豊洲が……三振しただと……!?」


 ベンチにいた麻布も、信じられないといった表情を浮かべていた。

 咄嗟に彼はバックスクリーンの球速表示を確認した。麻布の時と同様、百五十四キロが表示されていた。


『俺の時と同じ……いや今のボールはそれ以上の球威があった……。じゃねぇと豊洲が空振るわけがねぇ!!!』


 麻布は、東雲の圧倒的なピッチングを認めざるを得ない状況に不快なのか、舌打ちをしていた。


 一方、バックネット裏に最新のスピードガンを構えている者がいた。皇帝のマネージャーと、四番打者の神崎である。

 野手転向を見事成功させ、皇帝の四番に座る彼であるが、彼の勝負勘がマネージャーとの視察同行を決意させていた。


「東雲……僅か一年でここまで化けるかよ。監督と太刀川さんに報告しないと」


 神崎の横でスピードガンを構えていたマネージャーは、持っていたペンを動かさずにピタッと固まっていた。


「神崎、見ろよこの数字」


 神崎はスピードガンの画面を見た瞬間、目がパッと開いた。


「球速百五十四キロ、回転数……二千四百オーバー!!!」


 神崎とマネージャーは、球速以上に回転数に驚きを表にしていた。というのもストレートの回転数はプロ野球選手で平均、一分間計算で二千二百回転である。


 対して東雲のストレートは二千四百を超えている。この数値はプロ野球でもストレートを武器に三振が取れるピッチャーの指標である。


「一年間で俺、完璧に抜かれましたね」


 神崎は思わず笑ってしまった。


「故障が無ければお前は東雲以上のピッチャーだろ?」


「買いかぶりですよ先輩。ここまで自分の持つ才能を開花させた選手に勝てる訳ありません。しかも東雲には、まだまだ伸び代もある。投手を諦めて野手変更し、本当に良かったと思っていますよ」


 神崎は謙遜ではなく、心からそう思っているようだ。


「ただ、俺はもうピッチャーじゃない。バッターです。公式戦でぶつかることになれば、俺が必ず東雲を打ち崩します」


 神崎はマネージャーに対し、自信満々に答えた。その表情をみたマネージャーは思わず笑みをこぼしていた。



 そして回は進み、七回からは駄覇がマウンドへ上がった。彼の公式戦、初登板である。


 マウンドから中々降りようとしない東雲であったが、数人がかりで引きずり下ろされてしまった。


 東雲の後を継いだ駄覇であったが、正に完璧であった。

 百四十キロを超えるストレート、多彩な変化球を四隅に投げ分け、完璧に蛭逗打線を翻弄していた。


 ――イニングは進み、九回裏ワンナウトランナーなし。駄覇はリリーフ以降一人のランナーも出さないピッチングを続けており、東雲がもぎ取った虎の子一点を守り抜いていた。


「打てや赤坂ァァ!! これ以上このガキに好き勝手させんじゃねェ!!!」


 ベンチから麻布が鬼の形相で、打席に立つ赤坂に叫んだ。


「駄覇ァァ……!!!」


 赤坂も、マウンド上の駄覇を睨みつけながらバットを構えていた。


「良いねぇ……そんな顔されたら燃えてくるじゃねーか」


 駄覇は余裕のある表情で投球モーションへ入った。


「ストライク!! バッターアウッ!!」


「ッシャァァ!!!」


「クソがッッ!!!!」


 駄覇がガッツポーズをした瞬間、赤坂はバットでホームベースを叩きながら悔しがった。


「さっ、一番楽しみな四番さんとの勝負だな」


 駄覇は赤坂の事を歯牙にもかけず、打席へ向かってくる豊洲に視線を向けていた。

 

「よう、アンタさっきまで無三振記録だったんだっけか?」


「あぁ……久しぶりの三振で、より一層やる気が出てきたところだよ」


「良いね、面白いよアンタ。そしたらさ、俺にも三振させたれたら次回もっと強くなる感じ?」


 駄覇の発言に蛭逗ベンチは爆発直前だったが、姐さんが上手く静止させていた。


「ここからの喧嘩は野球で続けようか」


 豊洲はまたオーラのようなものを纏い、打席に立った。


「アンタを抑えて、この試合を締めてやんよ」


 駄覇はニヤリと笑いながらロジンパックを手に取った。


 九回裏 ツーアウトランナーなし


 明来 三対二 蛭逗

 

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