第二百二十話 相反する口元な件
「四番、セカンド、豊洲君」
アナウンスの声とともに、豊洲はバットにつけていた錘を外し、打席へと向かった。
「さぁ、今度こそリベンジしてやるぜ」
ロジンパックに触れた指先に、東雲は大きく息を吐いた。
「東雲君……君は凄いな」
「あ? 今更何を言ってやがんだよ、キモいな」
東雲は言葉とは裏腹に、口元がこれでもかと緩まっていた。
「いや、改めて感じたよ。この試合だけでも君は投手としても、バッターとしても何段階もレベルを上げている。これまでの二打席何かより、もっと強い選手になっている筈だ」
「フン……」
「そんな君のボールを打てると思ったら、ワクワクが止まらない!」
「何を打てる気でいやがるんだよ。テメーは無様に三振するんだよ熱血君」
豊洲の言葉に東雲は笑い流し、そして恒例の予告三振を宣言するのであった。
「オメーは小物みてーなマネしてねぇんだろ? 前の打席でもオメーだけはいつも通りに思えたが」
東雲はクセ読みについて豊洲へ確認した。
「あぁ。俺は自分の考え、スイングで戦っていきたい。もっと強くなるためにね」
「いい度胸じゃねーか。嫌いじゃねぇ」
東雲は大きく振りかぶった。
「かかってこいや。打てるもんなら……打ってみやがれ!!」
――ギュイイイイィィィ!!!!!!
――スパァァァァァァァァ!!!!!
――ブォン!!!!
カコーン!!
「……ス、ストライク!!!」
東雲のど真ん中ストレートに対し、豊洲はヘルメットが脱げ落ちるほどのフルスイングで答えた。バットは空を切ったが、まさに紙一重といった感じだった。
「百五十一キロ……それでいて乱暴な程球威がある……相変わらず凄いボールだ!!」
「後二球だぜ?」
返球を受けた東雲は再びロジンパックを手に取った。
「ヴォラッ!!!」
「……ボール!!」
二球目はチェンジアップを投げたが豊洲はそれを見逃した。
「流石に全球ストレートとはいかないか」
「俺は全然構わねーんだけどよ、流石にこの後半で自己満すると後ろにいる奴と、ベンチにいる奴がウゼーんだわ」
「……」
「東雲!! 慎重に攻めろよ!!」
東雲のいう人間は言うまでもなく不破と守を指していた。
「いいよいいよ。その代わり三振を取るピッチングをしてくれるんだろ? そういうピッチャーを打ってこそ楽しいんだよね」
豊洲は今一度、バッティンググラブをはめ直した。
「外野、シングルヒットなら構わない。深めに守れ!」
不破はあくまで己の仕事を全うし、守備陣に指示した。
「ッラァァ!!!!」
――ギュイイイイ!!!!
――キィィィン!!!
「ファウル!!!」
三球目のストレートに当てた打球はバックネットへ突き刺さった。タイミングはバッチリだ。
「やるねぇ。緩急見せられた後にもう調整できるのかよ」
東雲も満足そうに返球を受け取った。
「ただその分、僅かに捉えるポイントをミスっちゃった。ただこれでストレートもチェンジアップもイメージが出来た」
豊洲は息を吐きながら、肩に乗せたバットを立てて構えた。
「さぁ……こい!!!」
豊洲の声とともに彼の体全体からオーラのようなものが溢れ出る様な感覚を、明来バッテリーは感じ取った。
「フンッ!!!」
――ギュイイイイ!!!
――ギュン!!!
――キィィィン!!!
「フ……ファールボール!!」
三球目のスライダーを捉えた打球は、ライト線を僅かに右に流れ、ファールとなった。
ややボール気味の外スラにも関わらず、豊洲は軸のブレない綺麗なスイングで対応をしてみせた。
「フッ」
東雲は満足そうに返球を受け取った。そしてサインを見て頷き、大きく振りかぶった。
「これで決めてやんよ」
左足を大きく上げたところで、豊洲と同じく東雲の体全体から、オーラの様なものが溢れ出ている様に不破は感じていた。
『これは……今日イチが来る……! 麻布の時以上の気迫だ!!』
不破はミットを立て、東雲のボールに備えた。
『コレだよコレ……!! このボールをずっと待ち望んでいたんだ!!!』
豊洲はバットをギュッともう一段強く握った。
「ッラァァァァァァ!!!!!」
東雲は雄叫びと共に身体全体のパワーを指先に集め、それを解き放った。
――シュゴォォォォォォォ!!!!!
東雲のストレートは空気を切り裂き、土煙を起こすかの如く、力強い球威であった。
不破の目には、まさにそのボールの軌道ドンピシャにアジャストされた、豊洲のバット軌道が目に映った。
『やられた……!!!』
不破がそう思った刹那であった。
――ギュンッ!!!
ボールはそれまでの軌道から逸脱した。まるで浮き上がるかの様な軌道であった。
――スパァァァァァァァァァァァァ!!!!!
グラウンド全体に、不破のミット音が鳴り響いた。
東雲と豊洲は共に白い歯を見せた。
東雲はそのまま口元が緩み、対して豊洲は眉間に皺を寄せ、歯を噛みしめていた。
「ストライク!!! バッターアウト!!!!」
六回裏 終了
明来 三対二 蛭逗
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