第二百二十二話 駄覇の秘密兵器な件

 ――キィィィン!!!!


 豊洲の鋭い打球が、サード氷室の横を抜けていく。


「ファウル!!!」


 あとボール一個分だろうか、惜しい当たりにスタンドからもため息が上がる。ただ当人達はいたって冷静であった。


「インコースへ食い込んでくるスライダー。あのコースは打ててもファウルが精一杯だな」


 豊洲はそう言いながら嬉しそうに打席へと戻って行った。


「よく肘をたたんで合わせたな。やっぱアンタ面白ぇわ」


 駄覇もこの戦いを楽しんでいる様だ。


 スコアは三対ニ、明来が虎の子一点のリードである。ただこの二人はそれよりも今この戦いに全神経を注いでいた。


「次は何を投げる? ストレート、それともまたスライダーか?」


「さぁね。おれは球種も豊富なんで」


 駄覇が自画自賛する様に、彼は持ち球が多い。

 一年生ながら百四十キロをマークするストレートにスライダー、カーブ、シュート、フォークといった多彩かつタイプの異なるボールをコントロール良く投げ分ける。

 シニア全国を制した野球センスはピッチングにも表れている。



 ――スパァァァァァァァァ!!!


「……ボール!!!!」


 アウトローに決まる素晴らしいストレートだったが、ほんの少しだけ横に外れていた。グッドボールだったが、豊洲のバットはピクリとも動かなかった。


『マジかよ……』


 不破はマスク越しに、彼の選球眼に感心せざるを得なかった。


『だが、駄覇の調子は滅茶苦茶良い。ツーストライクまで持っていければ……』



 ――不破は先程の会話を思い出していた。駄覇がリリーフに上がった直後の打ち合わせの時であった。



「サインは今まで通り変動式で行く。お前ならサインミスは無いと思うが一応確認するか?」


「東雲さんや千河さんじゃねーんだし要らねっすよ……あ、そーいや」


「どうした?」


「俺、球種増えたんすよ。まだ一度も不破さんにも投げたことないやつ。それさ、四番追い込んだ時に解禁して良いすか?」


 駄覇がなんの悪気もなく新球種の報告をした。


「お前……よりによって今言うそれ? 捕った事無いボールをこの場面で使うのは……」


「いやだってコイツらの野球知ってたらさ、練習でさえ投げられねーっしょ。どこで見られてるかわかったもんじゃねーし。轟大のブルペンでさえ締めの数球しか投げてなかったんすよ」


 見かけによらない、駄覇の慎重さに不破は思わず感心していた。


「お前がそこまで隠し通しているボールなんだな、ちなみにどんな変化球だよ」


「そーっすね……」




 ――キィィィィィィ!!!


「ファウル!! ファウル!!!」


 豊洲のバットは、今度は外に逃げるシュートを上手く合わせたが、ライト線右に逸れていった。これでワンボール、ツーストライクとなった。


『来た……!!!』


 不破はここが好機と思い、新球種のサインを出した。


 駄覇はニヤリと笑って、それに頷いた。



 九回裏 ツーアウトランナーなし


 明来 三対二 蛭逗

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