第二百十七話 目を見開く光景な件

 麻布は先ほどまでの二球同様、外一杯にミットをどんと構えた。だが今回赤坂が要求されている球種はスライダーだ。


『凌牙は絶対、スローカーブを待っている』


 麻布は己の予想を信じて疑っていない。


『初球からガンガン振る凌牙が二度もストライクのボールを見送った。狙い球なんて絞らないアホなアイツなら必ず振る筈のボールだ』


赤坂は右足を大きく上げ、投球動作へ移った。


『負けず嫌いの凌牙が狙い球を絞るとしたら――それは打てなかったボールだ。アイツは三振したスローカーブを待っている』


 赤坂は大きく体を捻り、パワーを溜め込んでいる。

 またしても背番号がキャッチャー視点からもハッキリと見える。駄覇の時同様、赤坂のベストボールが来るサインでもある。


『絶好調の赤坂は誰にも打たれる気がしねェ!!!』



「ふしっ!!!!」



 赤坂の左腕が鞭のようにしなった。



 ――ギュィィィィィィ!!!!



 ボールはアウトローへ真っ直ぐ向かっている。


『来た……!! 赤坂のベストスライダー!! ストレートの軌道から、手元でバットを避けるように曲がるウイニングショットだ!!』


 麻布の片目に、東雲がスイングを始めているのが映った。ストレートを振りに来たタイミングだ。



『ストレートだと思ってるんだろ? お前は無様に空振るんだよォォォ!!!!』


 

 麻布はニヤリと笑いながらミットを構えていた。


 ボールは東雲の手前で切れ味鋭く、クイッと曲がった。東雲の足元はすでに始動を始めている。


『身体が止まってねぇ、タイミングも完璧に外した!! 後は俺がしっかり捕球するだけだ』



 しかし次の瞬間、彼の目はパッと見開くこととなった。



『何で……』



 麻布の背中は冷や汗で一気にびしょ濡れとなった。


 


「何で凌牙のバットがまだ振り抜かれてねェんだよォォォォォォ!!!!!!」



 前に出かかっている体勢とは裏腹に、東雲のバットはトップの位置でピッタリと止まっていた。



「よっしゃああああああああ!!!!!!」


 

 東雲はまるで素振りかの如く、渾身の力でバットを振り抜いた。




 ――パキィィィィィィィィ……!!!!!




 麻布は慌ててマスクを外し、打球を目で追った。



 対して赤坂は一切後ろを振り向くことなく、マウンド上で立ち尽くしていた。



 ――ドンッ!!!



 東雲の一打はバックスクリーンに飛び込む、特大のホームランとなった。



 六回表 ワンナウトランナーなし


 明来 三対二 蛭逗

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