第二百十話 試練のイニングな件

 赤坂が左打席に入って来た。不破は彼の変化にすぐさま気が付き、タイムを取り、マウンドへ向かった。


「はァ? 赤坂がバットを短く持ってるだァ?」


 東雲は信じられないといった反応をしていた。


「俺も目を疑った。ただ、指三本分は短く握っている。俺は全打者の握り方を全て把握しているから間違いない、本当だ」


 不破はハッキリと答え、東雲もそれを素直に受け入れた。1試合の全球種とコースを完璧に記憶できる不破が言っている為か、彼もそれ以上反論しなかった。


「まぁ、前の打席には俺のストレートに手も足も出なかったからな。奴が謙虚になるのも当然っちゃ当然か」


「東雲、今回は変化球もシッカリ使っていくぞ」


「いらねーよ。さっきの打席覚えてんだろ? アイツはストレートだけで十分……」


「ダメだ、変化球を使う」


 不破は東雲の言葉を遮って発言した。


「だからアイツは俺の球に合って……」


「ダメだ、変化球だ」


 再び不破は話をぶった斬った。


「東雲、赤坂の様子が違うことはお前が一番分かっている筈だ。ここは慎重になるべきなんだよ」


 不破は目力強く、東雲を見つめた。


「……ちっ。わーったよ」


「ありがとう」


「ただし、あくまで変化球は俺のストレートのオマケだ。そこんところ忘れんじゃねーぞ」


「勿論だ、頼むぞ東雲」


 不破は肩を撫で下ろした様子で、打席の方へと戻っていった。


「失礼しました」


 不破が審判と赤坂に一礼する。赤坂は無反応であったが、嫌味も一切言わず黙り込んでいた。不破はそれにすごく違和感を覚えた。


『打ち気があるか確かめよう。まずはこのボールだ』


 不破は少し考えてから一球目を選択し、サインを送った。東雲もそれに頷いた。


「うラァ!!!」


 ――パシィィィィィ!!!


「ストライク!!」


 初球、カウントを取りに行ったスライダーでワンストライクを取った。赤坂はピクリとも動かなかった。


『何だ? 一打席目の様な打ち気満々さはどこへ行った?』


 不破は、目の前の赤坂が、まるで別人の様に思えてしまっていた。


 不破は今の空振りを見て、直ぐに二球目はストレートを選択した。東雲は目一杯腕を振った。


 ――ズバァァァァァァ!!!


「ストライク、ツー!!!」


 東雲の百五十キロ超のストレートで空振りを奪い、二球で赤坂を追い込んだ。


 不破はここまでの赤坂の様子を改めて思い返し、三球目を慎重に選択した。


「ウラァァァァ!!!」


 東雲は身体が飛び跳ねるほど、力強いフォームで腕を振り抜いた。

 しかし、放たれたボールは力なく緩やかな軌道を描きながらキャッチャーミットに向かっていた。東雲の決め球、チェンジアップである。


『よし!! 高さもコースも完璧だ!!』


 不破は、最高のチェンジアップがきたと感じていた。



 ――しかし。



 ――キィィィィィン!!!


 赤坂の打球は右中間に鋭いライナーとなった。バウンドも高く、フェンスへ向かって一直線だ。


「ぐっ……」


 センターの兵藤は、自慢の足でこの抜けてしまいそうな打球になんとか追いつき、すぐにカットへ返球した。その為赤坂は二塁でストップした。

 ただ三塁ランナー麻布が帰り、蛭逗は一点を返してきた。


 

『何故だ……何故連打する?』


 不破は今の状況があまり理解できていない様だった。



 ――そして。



 ――キィィィィィン!!!



「よしっ!!!」


 蛭逗の四番、豊洲がガッツポーズをしながら一塁ベースへ走っていた。初球のストレートを捉えた打球は、レフト前ヒットとなっていた。


「ホームイン」


 赤坂がホームへ戻り、これでこの回、蛭逗は二点目をあげ、同点に追いついた。



 四回裏 途中 ワンナウト一塁


 明来 二対二 蛭逗

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