第二百十一話 どこにクセがあるか分からない件

 ――キィィィィィン!!


「チィッ……」


 東雲は舌打ちをしながら打球の方向を向いた。蛭逗の五番打者がスライダーを捉えた打球は、センター前に落ちた。これでワンナウト二塁、一塁である。


 不破は思わずベンチにいる上杉監督の方を見た。だが彼はニコニコと戦況を眺めているだけであった。


『どうすればいい……』


 不破は、やはり変化球を引っ掛けさせてゲッツーが望ましいと考え、初球スライダーを要求した。


 

 ――キィィィィィン!!!


「!!!!」


 蛭逗の六番バッターから、火の出る様なライナーが飛び出した。打球は低い弾道でレフト方向へ放たれた。



 だがここで、守備で最も頼りになる男が一仕事をした。



 ――スパァァァァン!!!



 ショートの山神が横っ飛びをして、弾丸ライナーを見事にキャッチした。

 打球が余りに強烈な為、山神は着地と同時に転がってしまったが、即座に体勢を立て直した。ランナーはすぐ帰塁していたので、走者のフォースアウトは取れなかった。


 

「す……すげぇ……!!!」


「あれが明来の山神か、高校生の守備力じゃねーよ」


 球場全体、山神のファインプレーに惜しみない拍手が送られた。


 

「ツーアウトでござるよ、東雲殿」


「ケッ、やんじゃねーか。褒めてやるよ」


 山神からボールを受け取った東雲は、一瞬だけ拳を山神に向けた。


 だが、これで東雲の中で一つの答えが出た。蛭逗は何らかの手段で配球を読み取り、そして伝達をしている、という疑惑が確信に変わった。


「俺にクセがある? いや冬トレで不破とクソほどフォームの調整をした。動画やアイツの記憶力で照会しても、変化球とストレートのフォームに変化が無いことは確認済みだ」


 ――思考をしている中で、彼は一つの仮説を導き出した。


「俺、天才かも。まずは追い込まねーとな」




 その後、東雲はとにかく変化球のサインに首を振り、全球ストレートで七番打者を追い込んだ。


 だが前のファウルはもう少しで三塁線を破る強烈なゴロであった。


 東雲のストレートに対応しつつあるという状況を、キャッチャーの不破は感じ取っていた。不破はスライダーかチェンジアップか、どちらを投げさせるか考えた。


『ここはスライダーではない、チェンジアップだ。バッターは東雲のストレートが完全に目に焼き付いている』


 不破は東雲に対し、このサインは絶対変えないぞ、と言いたいかの様に、指に力を入れて指示を出した。

 それまで散々首を振ってストレートを投げていた東雲は、何とこのサインにスンナリと頷いた。不破は思わず拍子抜けした。


「オラァァァ!!!!」


 東雲が鋭く腕を振った。


『よし……完璧な腕の振り!!これならストレートと見間違え……ハッ!!!!』


 不破はチェンジアップ捕球の為に少し下げていたミットを反射的に動かした。



 ――バヂィィィ……!!



「ストライク!! バッターアウト」



 七番打者はど真ん中のボールにも関わらずピクリとも動かず、不破は仰け反りながら、何とかボールを捕球した。



 東雲は、チェンジアップのサインを無視してストレートを投げたのであった。



 四回裏 終了


 明来 二対二 蛭逗

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