第二百七話 塁上バトルな件

「ちょいタンマ」


 打席に入りかけた東雲が、間合いをとった。彼はバッティンググローブのマジックテープをキツく締め直した。そして改めて右打席に入った。その間、赤坂はただ静かにマウンド上に立っていた。


『あの赤坂バカが黙って俺を待ってるだァ? らしくねぇ』


 東雲は違和感があった。今マウンドに立っている赤坂が、彼が今まで知っていた人間とまるで別人だからである。


「……へぇ〜」


 先程タイムリーヒットを放った駄覇も興味ありげに赤坂を見つめていた。


 東雲が打席に入っても、赤坂は目の色を変えず、ただホームベース一点を見つめていた。東雲との対決だけに集中力を高めている様だ。


 ただ、上杉監督はその隙を見逃すわけがなかった。初球盗塁のサインを攻撃陣に送った。

 駄覇は盗塁のサインが出ることを予め予想していた様で、スンナリ承知をしていた。対して打者の東雲は一球見逃さなければならないことが気に入らないのか、少し不満げな顔をしながらアンサーを出した。


 駄覇はランナーとしての素質も一級品だ。

 総合的にチームで一番良いランナーなのは間違いなく兵藤でである事は間違いない。

 ただ駄覇も全く引けを取ることのないスピードと咄嗟の判断力を持ち合わせている。彼が中学時代、脅威的な成績を収めた背景には、この足も大きく関係しているのである。


『監督さん、よく野球分かってるじゃん。ま、サイン出なくても走る予定だったけど』


 駄覇は赤坂の姿を俯瞰的に捉えながら、慎重にリードを広げていた。赤坂は駄覇の姿を一切見ないでいた。

 

「ッ!!!!!」


 駄覇がもう半歩リードを広げようとした瞬間であった。赤坂がノールックのまま素早い一塁牽制を仕掛けてきた。駄覇は急いで手を一塁へ伸ばした。


「――セ……セーフ!!!」


 間一髪のタイミングだったが、駄覇の脅威的な反射神経が幸いし、何とかセーフの判定を貰った。


「何だ今の!! 全く牽制する素振りが無かったぞ」


「駄覇もよく戻ったな。体重、二塁側へ乗り掛かってただろ」


 観客席も今のワンプレーに盛り上がりを見せていた。赤坂対東雲の勝負もあるが、赤坂対駄覇の、塁上バトルも目が離せなくなっていた。


 その後も赤坂は、ボークギリギリのうまいか牽制を投げ、駄覇もしっかり帰塁を行っていた。


 ――そして。


 赤坂のクイックモーションに負けじと、駄覇はスタートを切った。かなり早い出だしで、完璧なスタートと言えるだろう。


 ――だが。



 ――キィィィィィン!!!


 なんと東雲は果敢にバットを振ってみせた。初球盗塁のサイン、つまり打者はボールを見逃すことを指示されていたのだが、東雲はそれを完全に破ったのだった。



 ――スパァァァァァァッ!!!!!


 東雲の強烈な一打は、サード真正面の弾丸ライナーであった。


「ファースト!!!」


 麻布がすぐさま指示を出し、一塁へ投げさせた。


「アウト!!!」


 明来は最悪の形で攻撃をおえることとなった。



 三回表 終了


 明来 二対ゼロ 蛭逗

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