第二百六話 瞳に宿る炎の煌めきな件

 駄覇の技アリタイムリーヒットを見せつけられ、観客席はざわめいていた。


「おいおい……あれが全中MVPのバッティングかよ」


「今のボール、ワンバウンドしていたよな?」


「最後まで身体を開かずに、片手で逆方向へ打ち返しやがったぞ」


 駄覇の一年生、いや高校生離れしたバッティングセンスに観衆はただ驚くことしかできないでいた。


「ああああああああ!!!!!」


 マウンド上の赤坂は明らかに激昂していた。あれだけ駄覇には打たせまいと意気込んでいただけに、この結果は彼のプライドを引き裂くには十分すぎた。


「落ち着け赤坂。次の凌牙を必ず抑えるぞ」


「黙れ麻布!! わかってんのかオメェ……俺たちは完全に駄覇に舐められてんだぞ」


 赤坂はマウンドへ駆け寄った麻布の胸をグラブで押し込んだ。今すぐ帰れと言わんばかりの態度だ。


「あぁ。狙っていたスローカーブ以外はわざとファウルで粘られたな。で、スローカーブはワンバウンドさせてもヒットを打たれた」


「んだよテメェそんな冷静に語りやがって。悔しくねーよかよ!!」


 赤坂は、麻布の落ち着いた態度にさらに腹を立てていた。


「悔しいに決まってんだろ」


「あぁ? んな風には見えねーけどな」


「じゃあ聞くが、キレて何かいいことがあるか? ストレートが速くなるのか?」


 麻布は落ち着いた口調で話し続けた。


「キレて態度悪くして、審判味方にできんのかよ? 変化球がより曲がるようになるのかよ? まだ試合は始まったばかりだろうが」


「……」


 赤坂は黙って話を聞いていた。先ほどより少しずつだが落ち着きを取り戻せているようだ。


「俺も駄覇や凌牙を抑えたいが、それよりも試合に勝ちたいんだよ。お前がそんな調子だと勝てる試合も勝てねぇんだよ」


「舐めんな。俺が負けるわけねぇだろ」


「なら次の凌牙と氷室は必ず抑えるぞ。コイツらの後、明来打線は一気に打力が落ちる」


 麻布はそう言って、新しいボールを赤坂に渡した。


「俺が必ず抑えられるリードを要求する。その通り投げればお前なら抑えられる。だから投げミスすんなよ」


「舐めんな。おめぇこそ後ろに逸らすとかダセェことすんなよな」


 二人が会話を交わし、そして麻布はホームベースの方へ戻っていった。

 歩きながら、麻布は一瞬蛭逗ベンチにチラッと目線を移した。そして赤坂には見えないように、OKサインを見せた。それを見た還暦の近そうな、老監督が静かにニッコリと笑顔を見せた。


「お子守りごくろーさん」


 東雲がバッターボックス手前で素振りをしていた。


「凌牙、さっさと打席に入れ」


「はぁ? てめーらが打たれるたびにペチャクチャ傷の舐め合いしに行ってるんだろーが」


 東雲の言葉を聞き、麻布は鼻で笑ってみせた。


「何だァ、その余裕の面は」


「ここからだ、凌牙」


 麻布が笑いながら一瞥した先を東雲も見つめた。その眼にはマウンド上に立つ赤坂の姿が映っていた。だが先ほどまでと明らかに様子が異なっていた。

 赤坂は先ほどまで怒り散らしていた姿から一変し、無言で東雲をジッと見つめていた。彼のその瞳には炎の様な煌めきが灯っている様に東雲は感じていた。


「……チッ、テメェあいつに何をふっかけやがった?」

 

「さぁてね。じゃあ始めようか」


 麻布はマスクを被り、主審へ一礼してから定位置へ腰を下ろした。


「ここからが赤坂の、本当のピッチングだ」



 三回表 途中 ワンナウトランナー 一塁


 明来 二対ゼロ 蛭逗

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