第二百五話 決め球を要求する件

「三番、セカンド、駄覇君」


 初回に先制タイムリーを放った駄覇の登場に、麻布は明らかに不機嫌になっていた。

 先程、苦手な左投手のインコースと、駄覇の中学時代のデータを過信した結果、手痛い一打を打たれたからである。

 自分の配球ミスを認めざるを得ないものの、彼への因縁もあり、麻布は一層駄覇に対抗心を燃やしている様だった。


「イイネぇその目。バチバチにやり合おうぜ?」


 駄覇は早くもスイッチが入っていた。麻布のガン飛ばしに対しても、心底嬉しそうに振る舞っている。


「テメェ、言わせておけば。俺は二年だぞクソガキ」


「アンタ何言ってるの? さっき自分で言ってたじゃん。一年早く産まれただけでデカイ口叩いてんじゃねぇよってさ」


 駄覇からこれ以上ない返を食らった赤坂は被りかけたマスクを外し、駄覇を再度睨みつけた。


「殺す」


「殺すなら野球の中で殺しな。ま、次も打てるけどね」


 駄覇はケラケラ笑いながら左打席に立ち、バットをピッチャーの方向へ真っ直ぐ立て、ルーティンをこなしていた。


『どうする、当てるかこのガキ』

 

 赤坂は目で麻布に問いかけた。


『いや、コイツは何としても抑える。お前だってそうしたいだろ』


 麻布はサインを送った。赤坂は少し不満そうにするもそれに頷き、セットポジションに入った。


 ――スパァァァァン!!!


「ストライク!!!」


 駄覇は初球を見送った。ボールはアウトコースに逃げるスライダーだった。


「良いボールじゃん。そういうのもっと混ぜてよ」


 駄覇は楽しそうに打席に立っていた。



 ――その後駄覇は粘り、フルカウントからの九球目に到達していた。


 ――キィィィィィン!!!


「レフト!!!」


 駄覇がスライダーを捉え、レフト線を襲った。

 レフトは打球を追うも、ボールに追い付かなかった。ただ打球はフェアゾーンより僅かに左に切れ、ファウルとなった。


「オッケ、今のでスライダーは完璧に頭入ったわ」

 

 駄覇はファウルに悔しがることはなく、あくまでも自分がどれだけボールに対応出来ているかの確認だけを行っていた。


「もうスライダーはいいや。そろそろアレ頂戴よ。東雲サンにだけ投げたあのボール」


 駄覇は例のスローカーブをリクエストした。


「舐めてんのかテメェ」


 麻布が駄覇にドスの効いた声をかけた。


「舐めてねーよ。アレがアンタらの一番良いボールでしょ? 俺はね、相手の一番良いボールを打ちたいの」


 駄覇はいつものルーティンをしながら答えた。


 ――キィィィィィン!!!


「ファウル!!」


 ストレートを捉えた打球は、再びレフト線を左に僅かに切れ、ファウルとなった。


「だからさぁ……」


 駄覇は鼻で笑いながら、次の言葉を含ませた。早くスローカーブを投げろと言いたいのである。


『コイツ……ワザとファウルを打ってやがる。俺らがスローカーブを投げるまで続けるつもりか?』


 麻布は少し悩んでから、スローカーブのサインを出した。


『初見だと分かってても軌道は読み切れねぇよ!!!』


 麻布は心の中で叫びながら、赤坂から投げられたスローカーブに対してミットを構えていた。


 ボールはドロンと沈み込み、どんどん地面に向かって落ちていた。


『バーカ、ボール球だよ。見逃して出塁なんかしねぇよな』


 駄覇の動きを見て、麻布は勝利を確信した。このスローカーブはホームベース手前でワンバウンドをする軌道なのだ。駄覇といえど、クソボールは打てないと麻布は計算していた。



 ――だが、駄覇はさらにその上をいく解答を見せた。



 ――キィィィン!!!


 駄覇は体を全く開かずに、まるでテニスラケットの様に片手でバットを操作していた。

 バットの芯で軽く当てたボールは、ショートの頭上を超える、レフト前ヒットとなった。


 またしても駄覇の一打で、明来高校は追加点を上げる形となった。


 三回表 途中 ワンナウトランナー 一塁


 明来 二対ゼロ 蛭逗

 

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