第二百四話 ペテン師な件
「一番、センター、兵藤君」
三回表、先頭打者の兵藤が左打席に立った。前の回、青山捨て身のデッドボールにより、理想的な打順からの攻撃となっている。
それに対して蛭逗は、初回と同じく外野は存在していないと言っても過言では無い、極端な前進守備シフトを敷いていた。
「内野陣、捕ったらすぐ一塁に投げろよ。分かってると思うがファンブルなんかしたらブッ殺すぞ」
麻布が物騒な指示を守備陣に送った。それだけ兵藤の出塁を警戒していることが伺える。
――スパァァァァン!!!
「ストライク!!」
兵藤は相変わらず窮屈そうにバットを振っていた。やはり左バッターとしては赤坂のフォームは非常に厄介なことは想像に難しくない。
――キィィン!!
「赤坂!!!」
バットの根っこで何とか当てた打球はピッチャー赤坂の真正面に力無く転がった。
「余裕で間に合う、丁寧に投げろ」
「わーってるって」
赤坂は手慣れた感じで素早くボールを握りかえ、すぐさま一塁へ送球した。
「アウト!!!」
いかに俊足の兵藤でもピッチャー真正面では一塁に間に合うことはできない。一塁到達までにかなり余裕を持ってアウトを取られてしまった。
「青山、折角打順作ってくれたのに悪いな」
兵藤はベンチに戻るなり、青山に謝罪を入れた。
「しゃーねぇって兵藤っち。次っしょ次」
「おう」
兵藤は悔しそうではあるが、すでに切り替えが出来ている様子だった。
「二番、ショート、山神君」
山神は初回と同じく、右打席に立った。麻布は初回同様、非常に細かく指示を送っていた。
「赤坂、さっきと同じ攻めでいい。」
麻布は、初回と同じく、デッドボールになってもいいからインコースを攻めろというニュアンスで赤坂に指示を送っていた。そして麻布はチラッと山神を観察した。
「初回より立ち位置が後退している。明らかにデッドボールを警戒しているな」
麻布はサインを送った。
「ただまぁ……念の為探りを入れてみっか」
赤坂はニヤリと笑って、投球モーションに入った。
「危ない!!!」
ファーストコーチャーの守が思わず大声を上げた。
「……ボール!!!」
山神は体を反ってボールを避けた。ボールは山神の顔の前を通過していた。
「悪いね、あいつノーコンなんだ」
麻布が感情を全く込めていない声で山神に詫びを入れた。
「心配には及ばぬ。技術不足なら致し方なし」
山神は彼らしく返答した。
「ハハッ」
麻布は形だけの笑い声をあげた。
『コイツ、ぜってー今のワザとだって分かってんだろ。強がってても体は正直だったぜ? 明らかに避けるタイミングが早過ぎだ』
麻布は、山神の打席での動作を見逃していなかった。
『今のは明らかに、予め避ける想定をしていた動きだった。反応が余りにも早い。完全にビビってやがる』
麻布は二球目のサインを送った。
赤坂はすぐに投球モーションに入り、ボールを投じた。要求通り、ボールはアウトローに目掛けられていた。
『そんなへっぴり腰じゃあ、このボールは打てねーだろ!!!!』
赤坂は自信たっぷりにミットを構えていた。
――キィィィィィンッ!!!!!
「は?」
麻布は目と耳を疑った。
山神のバットから快音が響き渡たり、ボールは一瞬にしてライト線に転がっていた。
「……三つ急げ!!!」
ライトは点々と転がるボールを追い、中継に返した。ボールを受けたセカンドの豊洲がサードに投げようとして、止めた。俊足の山神はサードへ到達目前だったからである。
「あの野郎……」
麻布はイライラした表情で山神を睨みつけた。それに気がついた山神は両手を合わせて頭を下げた。それを見せつけられた麻布はおもわず舌打ちをした。
『野郎……初めっからこれを狙ってやがった。デッドボールを意識していたら、あそこまで踏み込めるわけがねぇ……クソペテン師がッ!!!!!』
山神はアニソンを口ずさみながら、満足そうにバッティンググラブを外していた。
三回表 途中 ワンナウト三塁
明来 一対ゼロ 蛭逗
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