第二百二話 努力家同士の戦いな件

「ちっ……」


 東雲はマウンドを蹴り上げようとしたが、止めた。豊洲に完璧に打たれ、素直に負けを認めたからかもしれない。


「っしゃあああ、ざまぁみろ!!!!」


「このまま東雲ぶっ潰すぞコラァ!!!」


 蛭逗ベンチから赤坂を中心に東雲へ厳しい野次が飛ばられた。


「騒ぐな、格下が……」


 東雲はマウンドに向かおうとしてきた不破を制し、ロジンパックを拾い上げ、白い粉をまぶしていた。



「いやあ……速かったなぁ……」


 豊洲は喜びを口にしながら、少し痺れている手をブラブラと振っていた。


『恐ろしい球威だ……。完璧に左中間真っ二つだと思ったけど、手元で更にグンと伸びて、完全に差し込まれた。芯に当たったから偶々右中間に飛んでくれたが……』


 豊洲は頭の中で打席を振り返りながら、東雲の背中を見つめた。


『東雲君……君はこの試合でもさらに強くなる。そんな気がする。今から楽しみだよ!』


 豊洲はそんなことを考え、ニヤニヤと笑っていた。


「なんすか? そんなに打ったのが嬉しいんすか?」


 セカンドの駄覇が豊洲に話しかけた。


「駄覇君! さっきのバッティング素晴らしかった! 流石全中シニアMVPだね!!」


「まぁ、たまたまっすよ」


「たまたまで赤坂のボールが打てるものか! あれは君の努力、そしてセンスの賜物だよ」


 駄覇は一瞬ポカンとした。彼は自身の野球センスは多くの人から褒められてきたが、努力について言葉にされたことは滅多になかったからである。


「俺が努力……ねぇ」


「隠す必要はないよ。君の野球道具を見ればすぐにわかる。グラブは古いが手入れを欠かしていないだろ。道具を大切に扱うプレーヤーはみんな努力家さ」


「……面白いね、あんた」


 駄覇は思わず笑ってしまった。図星だからである。


「俺もワクワクが止まらないよ。駄覇君のセンスには大きく劣るが、努力した時間だけは君にも負けてないつもりだよ」


「ふぅん。知らねーけど」


 駄覇は少しだけ意地悪な返事をした。彼としては少し豊洲に抵抗をしたかったのかもしれない。



 ――キィィィィィン!!!


 左打ちの五番打者が放った打球はセカンドへのゴロとなった。


「チッ……」


 東雲は舌打ちをした。ランナー二塁でのセカンドゴロは言わば進塁打、ランナーをサードで殺すことが難しいからである。

 これでワンナウトランナー三塁になる。明来ナインは同点のピンチに追い込まれたと考えていた。


 

 ――駄覇を除いて。


 駄覇は地を這うゴロに構わずチャージをかけた。素早く捕球し、目にも止まらぬ速さで握りかえ、サードへ送球した。


 ――スパァァァァァァ!!!


「……アッ……アウト!!!!」


 駄覇の送球を取った、まさにその位置に豊洲のスパイクが流れ込んできた。駄覇のスーパープレイだ。


「ハハハハハ!!!」


 豊洲はアウトになったにも関わらず、大笑いをしていた。


「やるねぇ……駄覇君」


「左利きのセカンドだからって舐めんじゃねーよ」


 駄覇は静かに左手を強く握りしめていた。


 二回裏 途中 ワンナウトランナー、一塁


 明来 一対ゼロ 蛭逗


 

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