第百九十八話 ラストボールに変更の余地はない件

「三番、ピッチャー、赤坂君」


 赤坂はヘルメットを脱ぎ、真っ赤な髪をかき上げて被り直した。そして左打席に入っていった。


「……すぅぅぅ」


 東雲はいつもより一層、眼光鋭くサインを見つめていた。そしてサインに頷き、投球フォームに移った。


「っラァ!!!」


 東雲のストレートが赤坂に襲いかかる。


 ――キィィィィィン!!!


「ッ!? 風見!!!」


 不破は即座にマスクを外し、ライト風見の名前を叫んだ。風見は全力疾走で打球を追っていた。


 ピィィィィィーーーーーー!!!!!


 観客席の方へ、打球が飛んできた危険信号のサイレンが鳴らされた。


「フ……ファウル!!!」


 赤坂の打球はキャッチャー方向から見てライトポールの僅かに右、ギリギリファウルとなった。ただ飛距離は余裕でスタンドインしていた。球速表示は百五十キロを計測していた。


「今のが百五十キロだぁ? ここのガン、三十キロくらいサバ読んでるんじゃねーの?」


 赤坂は東雲に挑発する。


「じゃあテメーの遅球だとギリ三桁って程度だな」


 東雲も、まるで呼吸をするかの如く、即座に挑発返しをしていた。


「お前よく今みたいな打球打たれて粋がっていられるよな」


「お前こそファウルで粋がんなよ。見苦しいんだよマジで」


 この2人の哀れな光景を間近で見させられている不破は心底呆れていた。何故彼らはこうも互いをディスらなければ気が済まないのか、理解できない様子だった。


 ただ、同時に不破は赤坂に対して、より一層の警戒心を覚えていた。

 元々蛭逗の中心バッターという認識だったが、東雲渾身のストレートを初球から捉えたからである。


 赤坂は身長が高く、また手足も長い。その長いリーチで遠心力を稼ぎ、打球を飛ばすことができるのだ。ストライクゾーンはかなり広いが、起用に腕を畳んで打つ器用さも併せ持つ好打者というのが不破の考えだった。


 不破は少し考えてから、二球目のサインを送った。チェンジアップのサインだ。しかし東雲は首を振った。スライダー、シュートのサインも首を振り、実質ストレート一択となった。


 先ほどのファウルの後ということもあり、不破が少し不安そうにサインを出した。それに対して東雲は自信満々な様子で頷いた。


 ――キィィィィィン!!!



 ――ガシャーーーン!!!!



「ファウルボール!!」


 次はバックネットに突き刺さるファウルとなった。タイミングはバッチリだという証拠である。


「……チッ」


 しかし赤坂は首を傾げていた。その反応を不破は見逃さなかった。


『今の挙動……打ち損した?』


 今のストレート、コースは甘かった。少し外だがベルトの高さ位の、所謂打ちごろのコースである。球の勢いはあるが初球のインコースに比べ、かなり甘い。


 不破は迷わず三球目のサインを出した。今度は東雲もすぐに頷いた。


 ――キィィン!!


「ファウル!!」


 三球目のストレートも赤坂の打球は三塁席に飛ぶファウルになった。今回のボールも外、少し低めの球だった。


「お前、バットもう少し短く持った方がいいんじゃねーの?」


 東雲は返球を受け取りながら赤坂を挑発する。


「はぁ? 空振りを取ってからほざけ」


 赤坂は今の発言にキレたのか、更にバットを長く持った。右手の小指部分はグリップエンドにかかるほどだ。


 不破はそれを見て、既に決めていたラストボールに変更する余地は無いと確信した。


 不破のサインを見て、東雲はニヤリと笑った。


「ウラァァッ!!!」


 東雲の右腕が鋭く振り抜かれた。軸足の右足も、その反動で一塁側へ大きく蹴り上げられている。物凄いボールが来る事を不破は覚悟した。



 ――ズバァァァァァァァァァ……!!!!


「ストライク!! バッターアウト!!」


 ど真ん中。正にど真ん中のストレートだった。赤坂のフルスイングは、完全に振り遅れていた。


 球速表示は百五十一キロ。ただ先程麻布に投じた百五十三キロより俄然速く感じる、尋常じゃない回転数を叩き出したストレートだったのだろう。まるで衝撃波の様な球威で、不破のミットを傷みつけてきた。


「……クソがぁぁぁ!!!」


 赤坂はその場でヘルメットを地面に叩きつけた。


「悔しかったら、次から拳一個分短くバット握れや」


 東雲は大層ご満悦な表情でマウンドを降りていった。


 一回裏 終了


 明来 一対ゼロ 蛭逗

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