第百九十六話 挑発返しな件

「ボールバック!」


 不破が声をかけた。守備陣は投球練習間に行うボール回しを終え、ボールをベンチに戻していった。そして内外野から投げられたボールはベンチの守が回収した。


 ――シュウウウウウ!!


 ――パァァァン!!!


 投球練習、最後の一球を捕球した不破が二塁ベースに投げ込み、山神のグラブへストライク送球を決めた。


「ナイスボール不破! さぁ東雲、三人で抑えろよ!」


 守はベンチから東雲に声をかける。


「言われなくても分かってるわ。見てろや千河」


 東雲はすまし顔で答えた。以前の様に歯向かった態度ではないところから、彼が少しだけ大人になった様に守は感じていた。


「一番、キャッチャー、麻布君」


 蛭逗高校の核弾頭、麻布が左打席に向かっていた。


「よろしくお願いします」


 麻布は審判に軽く一礼し、バッターボックスに足を踏み入れた。


 ――ニヤァァァ……


「あん?」


 東雲は麻布の表情を見て、イラッとした。彼は東雲に対し、バカにしている様な笑顔を浮かべていたのだ。


「何だよテメェ」


「あ? 試合にウキウキして笑ってるだけだろ。三振したからって言いがかりかよ」

 

 東雲の言葉に、麻布は上目遣いで見つめながら返した。


「君たち……」


 主審はまたか、という感じで声を出しかけたが、麻布が審判の方を向き頭を下げたので、主審はそれ以上口を出すことはなかった。


『変だな』


 その光景を見た不破は違和感を覚えた。


『この麻布って選手、変だ。いくら因縁があるからと言っても東雲に対する挑発的な態度は度を超えている。ただ審判への礼儀はピカイチだ』


『何を考えてやがる、コイツ』


 不破はそんなことを考えながら、麻布を観察していた。

 麻布は打席の目一杯後ろ、そして内側ギリギリに立っている。


『映像で見た通りだな、インコースに思いっきり入り込んでやがる』


『コイツの特徴の一つに、デッドボールの多さがある。少しでも外れたインコースを上手く当たりやがる』


 不破は麻布の打撃成績を瞬時に脳内へ表示させていた。


 彼の高い出塁率を支えている要因にデッドボール数がある。

 身体は避けているが、当たる箇所は上手く残しているのだ。そのため審判から、わざとボールにぶつかった様には見えにくい。しかもレガースだったり、当たっても怪我しにくい箇所に上手に当たるのである。


『それでいてアウトコースの打率はかなり高い。徹底してやがるんだコイツは、外だけを張っていて、内側は当たりに行くことが無意識のうちに身に付いている』


 不破は東雲の方を見つめた。彼はイラついてはいるが、以前の様に怒りの感情を引きずってはいなかった。不機嫌そうながらも目力強く不破のサインを待っている様だ。


『今の東雲なら大丈夫だ。初球、いけるよな?』


 不破のサインを見た東雲は、思わず口元が緩んでいた。彼自身正にそのボールを投げたかった様だ。


 東雲は大きく振りかぶり、左足を高く上げた。


「っおおおおお!!!!」


 ――シュゴオオオオオオ!!!!


 東雲の右腕から、体重が上手く乗った、力強いボールが投じられた。


「……くっ!!」


 麻布は体を引いた――肘だけ残して。


 ――スパァァァァァン!!!!!


 ただ、ボールは不破が構えたインコース、ストライクゾーンを通過し、ミットに収まった。


「ス……ストライク!!!」


 主審も、余りのボールの良さに驚いたのか、一瞬間が空いてからストライクを宣言した。


「クク……へっぴり腰じゃねーか」


「あ?」


 ボールを受け取りながらはっした東雲の言葉に、麻布は眉間に皺を寄せた。


「怖いならもう少しベースから離れた方がいいぜ。今日お前にはインコース中心にブチ込んでやるよ」


 東雲は渾身のドヤ顔を決めながら、ボールを指で弾いていた。


 一回裏 途中 ノーアウトランナーなし


 明来 一対ゼロ 蛭逗

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