第百九十一話 珍しい光景な件
「一回の表、明来高校の攻撃は」
「一番、センター、兵藤君」
明来の核弾頭、兵藤がいつも通り左打席に立った。
「おい」
麻布は即座に守備陣に指示を出した。
内野、外野ともにどんどん定位置より前進してきた。外野に至っては芝と土の境目手前。つまりほぼ内野の位置まで前進していた。極端な守備体系である。
「テメェらわかってんな? セーフティだけは死んでもさせんなよ」
麻布はそう吐き捨ててマスクを被った。
「何だよこの守備位置! 外野フライで長打確定じゃないか!」
「野球舐めてんじゃねーよ!」
早速観客席の高校野球ファンからヤジが飛ぶ。整列の段階から蛭逗野球部の態度に不満を持ったのか、高校野球とは思えない荒れた場内の雰囲気となっていた。
「黙ってろや、口だけの素人ども」
麻布がそう吐き捨てながらマスクを被った。
「プレイ!!!」
主審の声に合わせてサイレンが鳴り響いた。ついにプレイボールだ。
赤坂は頷きもせず、すぐに投球フォームに入った。
セットポジションから身体を大きく捻り込んだ。背番号一番が完全にキャッチャー方向に向いている。
その姿勢から右腕を真横に伸ばし、壁を作る。
右足が前方に着地しても、まだ上体は開かれず、そこから壁にしていた右腕を一気に脇に引き込み、その反動で左腕が一気に振り抜かれる。
――シュゴォォォォォォ……!!!
――スパァァァァァン!!!
「ストライク!!!」
ボールは麻布の構えたインローへ寸分の狂いなく投げ込まれた。
麻布からの返球を受け取って、すぐに赤坂はセットポジションに入った。そしてチラッとサインを見てからまた頷きもせずに投球フォームに移る。
――ブンッ!!
「ストライクツー!!」
二球目はアウトコースワンバウンドになるホールだった。兵藤はボールを追いかけるような形で空振っていた。
――そして。
「ストライク、バッターアウッ!!」
三球目はバットを振ることなく、一球目とほぼ同じコースのインローに来る球に手が出ず、兵藤は見逃し三振となった。
「……珍しっ」
守は思わず呟いた。兵藤が見逃し三振で呆気なくベンチに戻ってくることはかなり珍しいからだ。
兵藤は二番の山神に数言話したのちにベンチに戻ってきた。
「ギリギリまで右腕にリリースポイントが隠されているからタイミングが取りにくいぜ」
「あとクロスステップから一気に身体を開いて投げてくるから、自分にボールが向かってくるイメージだ」
兵藤は淡々と赤坂の情報を伝え、守備の準備に入った。
あくまでクールに立ち振る舞うのはいつも通りの兵藤であるが、明らかに赤坂の投球を苦手そうにしているのは守の目にも明らかだった。
「こういう時、頼りになるのは……」
「二番、ショート、山神君」
「頼むぞ山神……」
守は祈るように、右打席に入る山神に念じていた。
一回表 途中 一死ランナーなし
明来ゼロ対ゼロ蛭逗
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