第百七十一話 野球人生を賭けた試験な件
「さぁ監督さん。退部届と……退学届をくださるかしら」
不破の母は、選手の奥にいる上杉監督へ声をかけた。
「不破さん、それはできかねます」
上杉監督はニッコリ笑いながら、開いた手を横に振った。
「何を言っているの。約束したでしょ」
「ええ。でも、私も約束してますよ。今年の夏大には出ていただきます」
「は? 何を言って……」
上杉監督は不破の母の話を遮る様に、一枚の紙を差し出した。
「こちらは特待生制度に伴う契約条件書です。不破君とお母様のサインも書いてありますね」
「ええ。そうね」
「この規約の中にですね、前略……尚頭部の負傷による頭脳低下とする定義は、負傷の回復後七日間以内に指定IQテストを受講し、IQ百九十未満の場合とする。指定IQテスト受講前の退部及び退学は認めない……とあります」
「ですので怪我が明けてIQテストを受け、結果が出るまで、不破君は野球部を離れることはできません」
上杉監督は相変わらず、煽っている様にしか思えない笑顔を全面に出し、その一文のところを指し示していた。
「あ……IQ百九十……!?」
守は、己の理解を超えた領域の話にすつまかり置いてきぼりになり、どう反応していいかわからない様子であった。
「……」
不破の母は瞳を閉じ、腕を組んでいた。
「わかったわ」
「IQ百九十未満なら即退学して海外よ。盾」
不破の母の言葉に、不破は首を縦に振った。
「はぁ……署名を書いてしまった以上は仕方ないわ」
不破の母はため息をついていた。
ただ彼女の頭の中は全く落ち込んではいなかった。
『この監督さん、本当にバカね……!』
『IQ百九十……無理に決まってるでしょ! だって盾の過去最高のIQが百九十!! しかもこの数字は、ほぼ毎日試験対策をしていた時に取れた奇跡の数字なのよ!!』
『今も毎日、部活後には勉強しているけど……違うのよ。以前と圧倒的に勉強時間が……!!』
『これで予定より早く盾が海外に行ってくれるわ……! 彼に野球なんかさせている暇なんてないのよッ!!!!』
頭の中で不破の母は、まるで童話の悪い魔女の如く笑い散らかしていた。
「わかりました。IQテストの予約を入れて下さい」
「かしこまりました。テストは学内で行い、即日結果が出るタイプの物で行います。当日はご覧になりますか?」
上杉監督はニコリと返答していた。
「ええ。万が一試験結果を捏造されても困るもの。その場で私も確認するわ」
不破の母は、椅子に置いていた鞄を手に取った。
「盾の無事を確認できたから帰るわ。それでは皆さん、また一ヶ月後に」
――パタン
不破の母が退室し、スライドドアが閉じられた。
彼女はまるで台風の様に吹き荒れ、そして過ぎ去っていった。
病室内は、まさに自然災害に吹き荒らされてしまった後かの様な静まり方であった。
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