第百四十四話 チームメイト対決な件

「さぁーて、かかってこいよ中谷っち」


 左打席に立つ駄覇は、右手でバット立ててピッチャー中谷の方に向けた。

 そして左手で右肩の袖を内側に引いてからバットを戻し、構えを取った。駄覇が毎回行うバッティングルーティンである。



「チッ……ガキがイチローの真似かよムカつくな」


 東雲の愚痴を守は聞こえてないふりをしてスルーした。今はランナーコーチャーの仕事に専念することだけを考えている様だ。



 マウンド上の中谷は何度もサインに首を振っていた。たまらず若林はタイムをとった。



「どうした? カーブもストレートも首振って」


 若林が問いかける。


「すいません若林さん。球種というか……ストライクを投げることに首を振っています」


「……わかった。じゃあ初球は際どい所を投げて、そっから内外を上手く使って抑えるぞ」


 そう言って若林は中谷の背中を叩いた。ただ中谷の表情は固いままだった。


「いえ若林さん……。義経……いや、あのバッターには歩かせていいかな、と思ってます」


 中谷は恐る恐る口を開いて想いを伝えた。


「はぁ!? 初回ツーアウト一、三塁だぞ!! 歩かせて満塁にしてみろ、もうフォアボールは許されないんだぞ!!」


「いえ……でも俺は彼を抑えられる気がしません」


「ウルセェ!!! 二軍とは言え試合のスタメンを任されてるんだ。テメーも皇帝の先発ピッチャーっつー自覚を持って勝負しろよ!」


 若林は怒りながらホームベースに戻って行ってしまった。


 

 ――その後、中谷はストレートの制球が定まらず、ツーボールとボール先行になった。思惑を崩された若林があからさまに怒りを露わにしていた。


「逃げんな!! 腕を振れ!!! ここに投げろ!!!」


 若林はミットをバシッと殴り、構えを取った。中谷は観念したのか、すぐに投球フォームに入った。




「甘ぇよ」



 ――スカァァァン!!!!



 ストレートを捉えた駄覇の打球はレフトの前に落ちた。芸術的な流し打ちで先制のタイムリーヒットとなった。



「くそ! これが中学MVPのバッティングかよ!」


 若林は悔しそうに駄覇の方を見た。


 次の瞬間、若林は恐ろしく冷たい視線を感じ、そちらに目を向けた。マウンド上の中谷だった。



「……たのに」


「あ? 何だよ中谷、聞こえねーよ」


「だから言ったのに!!! 打たれるって!!!!!」


 突然中谷が若林に向かって大声をあげた。



「お前……先輩に向かってその言い方はねーだろ」


「うるさい!! だから俺は逃げるって言ったのにアンタのせいで打たれた……打たれたんだよぉぉぉ!!!!」


 一塁ランナーコーチャーの守はこの異様な光景を見て動揺していた。


「うわあ……今日の試合もうメチャメチャだよ」


「あーあ、中谷っち、バーサーカースイッチが入っちゃったっすね」


 何とも厨二くさいセリフが駄覇から発せられた。


「なにそれ」


 守は思わず駄覇に問いかけた。


「中谷っち、試合序盤は自信がなくてオドオドしています。ただ、試合中何かがきっかけでヤケクソになるんです」


「え、それダメなやつじゃん」


「普通ならね。ただ中谷っちの真の実力は、このヤケクソ状態から発揮されるんす。だから基本的にはスロースターターなの」


 その話を聞いた守は、中谷から禍々しいオーラを感じる様な気がした。



「こうなった中谷っちは厳しいっすよ。思ったよりずっと起動が早い……初回、最低でも三点は欲しかった所っす」


「そ……そんなにすごいの?」


「みてればわかるっすよ」



 駄覇はなぜか嬉しそうに、マウンド上の中谷を見つめていた。



 一回裏 途中 ツーアウト一、二塁


 皇帝 ゼロ対一 明来

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る