第百四十二話 再出発な件
「三番、ピッチャー、東雲君」
一塁に到達した山神に、神崎が話しかけた。
「久しぶり龍也。相変わらず選球眼も素晴らしいな」
神崎はお世辞抜きで山神を褒め称えた。
「神崎殿……右肩故障で野手転向とは嘘か実か?」
「本当だよ。龍也との対戦は毎回楽しみだったのに残念だよ」
神崎は少し寂しそうな表情で答えた。
「……拙者は最後まで神崎殿のボールを捉えることはできなかった」
「何言ってるんだ。夏大のセーフティ、俺は一時も忘れてないぞ。あの日以来続けていたバント処理の練習が、今のファースト守備にも活きている。龍也には感謝してるよ」
――そう話している間に牽制球が飛んできた。ただ山神は余裕で帰塁していた。
「話している最中に牽制投げさせるとは……地に落ちたでござるな」
「龍也相手に一瞬でもスキなんか見せられないに決まってるだろ。今、走る気だったろ」
山神は無言でリードを取っていたが、それは図星であった。神崎が完全に一塁手として再出発を始めたことを、彼はようやく実感したのであった。
――山神が一塁に到着した同刻。打席の前では東雲がバッティンググローブのテープを閉めて、打席に入る準備をしていた。
「早く打席に入れよ。そんなもん前もって閉めとけよな」
若林が東雲に催促した。
「ウルセーな。ヘタクソなお前と違って、打てる奴は僅かな手のフィット感も大切にしてるんだよ」
「そっちでも相変わらず好き勝手にやっているんだな。明来の奴らが可哀想だぜ」
「他のモブどもか? お前らと違って身分を弁えてるからか、一部のバカを除いて特に文句言って来ねーよ」
東雲の言う一部のバカは、言うまでもなく守のことを指していた。
「ハッ! どうせ腫れ物に触らない様に接しているだけだろ」
若林は東雲に対して鼻で笑ってみてた。
「あぁ!? テメェ……何か勘違いしてねぇか? 粋がってるんじゃねーよ二軍が!!」
東雲と若林から火花が飛び散っている。
「君たち!! これ以上続けるなら二人共退場にするぞ!!」
見苦しい喧嘩を前にし、たまらず主審が警告をした。
「こーのバカ東雲!! 怒りがあるならバットで解消すればいいでしょ!!!」
一塁コーチャーの守が大声で東雲に注意した。他の明来メンバーはそれをみて笑っていた。
「っち……。一々ウルセー野郎だな」
東雲は舌打ちをするも冷静さを取り戻したのか、東雲はすぅっと息を吐いた。そして静かにバッターボックスへ入っていった。
マウンド上の中谷は、残念すぎる先輩二人の光景を見せられ気まずそうにしていた。
しかし神崎からサインを送らたのに気がつき、すかさず牽制を投げた。先ほどまで雑談をしていた山神だったが危なげなく帰塁していた。
――そして。
「っらぁ!!!」
――キィィィン!!!
二球目のストレートを東雲が捉え、打球はセンター前に抜けて行った。
一回裏 途中 一死一、二塁
皇帝 ゼロ対ゼロ 明来
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