第百四十一話 リリースポイントが高すぎる件
「ストライク! バッターアウト!!」
「ッしゃオラァァ!!!」
東雲がマウンド上で吠えた。
一回のピッチングは、なんとストレートのみで三者連続三振を奪い、皇帝二軍をねじ伏せた。
不破はベンチに戻りながら東雲に声をかけた。
「東雲ナイスピッチ。だけど初回から飛ばしすぎじゃないか?」
「あぁん? 人が良い気持ちで投げてんだから水さすんじゃねーよ。キャッチャーならそれくらい配慮しろよな」
東雲の返答に不破は小さくため息をついた。
実は、彼は何度か変化球のサインは出していた。しかし東雲はそれら全てに首を振り、ストレートを要求していた。
不破は今更ながら相手チームのキャッチャー、若林の気持ちに共感できてしまった様だった。
――その後、明来ナインはベンチから相手ピッチャーの投球練習を観察した。
「ピッチャーは中谷君。身長百八十センチ後半の長身から角度のあるボールを投げます。駄覇君と同じ西東京シニア出身みたいだね」
瑞穂が全員に先発の中谷を説明し、駄覇に補足を求めた。
「ぶっちゃけ、マジで良いっすよ中谷っち。背も前よりさらに伸びてるし、球はフツーに百三十後半は出るし」
駄覇が珍しく同年代選手を称賛していた。その姿は明来ナインにとっては新鮮そのものだった。
「でも中学は駄覇がエースだったんでしょ。凄いじゃん」
守は素直に駄覇にリスペクトの意を示した。
「当時中谷っちはノーコンだったんでチームの評価はそこまでだったんす。ただ素質はピカイチ。だから控えピッチャーにも関わらず沢山の名門校からスカウトされたわけ」
マウンド上の中谷はほぼ真上から投げるオーバースローで投球していた。
身長だけでなく腕も長く、正に二階建てから投げ下ろされる様な角度でボールがキャッチャーに向かっていく。
「んで、当時の持ち球はストレートとカーブだけ。ただカーブが一瞬浮くタイプだから、高いリリースポイントと合わさってタチが悪いボールになるっす」
「ありがとう駄覇君。高い位置からリリースされるから、バッターは無意識に顎を上げない様に注意してね」
瑞穂が上手く締めて、ナインの意識を統一させた。
「一番、センター、兵藤君」
兵藤は左打席に立ち、マウンド上の中谷を凝視した。彼は普段よりもピッチャーが近くにいる様な感覚を覚えた。それだけ中谷の姿には威圧感があるのだろう。
兵藤は顎を引きバットを構えた。
そして中谷は大きく振りかぶった。
――シュゴオォォォォ!!!!
「!!!!」
投じられたボールは物凄い回転音で襲いかかり、兵藤は思わず体全体を後方へ逃した。
――バシィィィッ!!!
「ボール!!」
初球はストレートが高めに外れた。しかし、危険なボールではなかったにも関わらず兵藤は仰け反ってしまった。
『やべぇ……ホームベース手前までボールが見えなかった……。仮に顔面付近に抜けてきたら避けきれねぇぞ』
そう思った兵藤は、ボールを見やすくする為に少しだけ視点を上げた。
これによりボールは見えるようになったが、彼は無意識のうちに顎が上がってしまっていた。
――シュゴオォォォォ!!!!
――ギィン!!
当てただけの打球は、力なくピッチャーの頭上に打ち上がっていた。
「オーライ!」
――パシッ!
中谷が丁寧にキャッチした。兵藤には珍しいフライアウトだった。
「二番、ショート、山神君」
山神も左打席に入った。兵藤の打席を見たからか、普段よりもキャッチャー寄りに打席に立った。
皇帝キャッチャー若林はすかさず守備陣に細かく指示を送った。
皇帝との過去二試合、山神という選手は、完全に皇帝からマークされる存在となっていたのだ。
その意図が伝わりすぎて力んだのか、中谷は中々ストライクを入れられずにいた。
――ズバァァン!!!
「ボールスリー!!!」
カウントはスリーボール、ノーストライク。ボールは全てストレートだが高めに抜けるか、ワンバウンドになっていた。
『まだ序盤……歩かせてもやむなし。それなら試してみるか』
若林はサインを送った。
しかし中谷はそれに首を振る。ただ若林はサインを変えなかった。
『今のうちに試してーんだよ。拒否るなよ一年坊!』
若林は笑顔で、ただサインの指には力を込めていた。先輩からの圧を感じた中谷は、それに渋々頷いた。
中谷は四球目を投じた。
中谷のボールはリリースの段階で高めにすっぽ抜けた、山なりの様な軌道となっていた。
山神は一歩も動かず、球を見送る姿勢となっていた。
――だがここから、信じられない軌道で急激にボールが落下していった。
「!!!!」
高めに抜けた様に思えたボールは、気がついたらホームベース手前でワンバンしていた。
――パシィィィ!!!
「……ボールフォア!!」
山神は一瞬膠着するも、すぐ一塁に歩いていった。
「な……なんだよあれ……」
ベンチで守は唖然としていた。
「あれが中谷っちのウイニングショット、スローカーブっす。今は制球に苦しんでるけど、あれが決まり出したら……ヤベーっすよ」
駄覇は腕を組み、旧友の姿を嬉しそうに見つめていた。
一回裏 途中 一死一塁
皇帝 ゼロ対ゼロ 明来
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます