第百三十五話 新感覚な件

 グラウンドで終礼が行われ、校内合宿初日のメニューが終了した。早くも各グループに疲労がみえた。


「痛ってー、両手マメだらけだし足もボロボロだよー」


 青山と風見はその場で倒れ込んだ。


「ずっと目隠ししてたせいで目の周りだけ日焼けしてねぇ……何だよコレ超ダセーじゃん。人前に出られねぇよ」


 東雲はその場で肩を落とした。


「なんだ……ゲーム画面の見過ぎなのか目の錯覚で辺り一面弾幕が見えるのだが……」


 氷室はその場で混乱していた。


 この合宿は全体練習日とグループ練習日を交互にこなすことになる。その為明日は全員グラウンドに集まり、連携等を確認することになる。


 練習後は夕食、そして入浴だ。入浴が後になっているのは守の身バレ防止の為であるが、大多数の部員は知るよしもない。


 

 ――そして全員食堂に集合したのだが……。



「な……なんだこれは……」


「ご飯の上にかけられている真っ黒な液体が泡立っているんだけど……」


 全員が目の前に並べられた謎の料理の前に膠着していた。


「カレーに決まってるでしょ」


 瑞穂が自信満々に答えた。どうやら彼女の作った料理らしい。


「マジー、瑞穂ちゃんの手料理なんてマジ感動……」


 青山はその発言と裏腹に、手にしているスプーンをカタカタと震わせていた。


「せっかくの自信作だから、あったかい内に食べて!」


 瑞穂の言葉が、更に全員にプレッシャーをかける。各々そばの人間に目線を向け、先に食べてくれとアイコンタクト合戦をしていた。


 その中で約二名の心が揺れていた。東雲と青山である。両者とも瑞穂に絶賛片思い中の為、良いところを見せたいのが本心ではあるが、生存本能が全力でストップをかけている。


『瑞穂……実は料理だけは大の苦手で……。ここで美味しいって言ったらきっと喜ぶよ、東雲』


『テメェ……マジで汚ねぇ奴だな。そうやって俺に押し付けるんじゃねぇよ』


 守と東雲がアイコンタクトで牽制し合っている。


「どうしたの二人とも目を合わせて。食べながら話せばいいじゃない」


 瑞穂から追い討ちがかかる。守と東雲の背中に嫌な汗が流れる。


「ああああ!!! いっただきまぁぁぁす!!!」


 ついに観念した青山がついに異物を口に含んだ。



「……」



 カレーらしきものを一口加えた青山は無言で喉を通した。一同はそんな彼を静かに見守っていた。そして彼は静かに口を開いた。


「時代先取りってやつかな……ルーは何故か口の中でシュワシュワして、口にいつまでも残ってアプローチを続けている。ご飯は噛めば噛むほど甘さが広がっている……」



 カレーでシュワシュワ……!? 一同に激震が走る。


「カレーのルーにコーラとエナドリを隠し味にいれたの! 疲労回復にいいからね。あとご飯を炊く時にバニラ味のプロテイン、それと牛乳を混ぜ込んだの。これでフィジカル面もアップできるよ!」


 瑞穂が悪夢のレシピを公開した。


「す……すっげぇ効率的じゃーん……流石瑞穂ちゃん……」


 青山はそう言い残し、その場で倒れ込んだ。


「あれ、真斗は疲れて寝ちゃったみたい」


 違う……彼は気絶したんだ……! 瑞穂以外の一同、思っていることは一緒だった。



「あ……美味いっす白川先輩。おかわりいいっすか」


 先ほどまでの一同は訂正しよう……駄覇ただ一人は黙々と次世代カレーを食していた。



「ありがとうー! 自信はあったんだけど言葉にしてくれると嬉しい。お皿貸して!」


 瑞穂は嬉しそうに厨房へ入っていった。


「おい!! 何であんなゲテモノが食える!! お前アイツに気があるのか!?」


「駄覇……すごく助かるけど、後輩だからって無理してない?」


 東雲と守が、瑞穂に聞こえないように問いかけた。


「いやいや、俺は栄養のあるものを摂取したいだけっすよ。てか料理作ってもらって食わないのは相手にも食材にも失礼じゃねーっすか?」


 普段の駄覇からは想像できない、真っ当な答えが返ってきた。



「料理なら食うさ!! だがあれは料理じゃねぇ!!」



「そうだよ……無理してあんなの食べて体調崩しちゃ元も子もないよ」



「……はい、駄覇くん。おかわりどうぞ」


 瑞穂が悲しそうな顔をして、静かに皿を駄覇に渡した。瑞穂の気配に気がつかなかった二人はこれ以上なく動揺していた。


 

「ち……違うぞ瑞穂。これは千河のヤローがだな……」


「ハァ!? むしろ東雲が散々なこと言ってたでしょ!!」


 二人が互いに責任を押し付け合う。非常に見苦しい光景だった。


「てかオメーらだって食ってねぇだろ、なぁ?」


 東雲が他の全員にプレッシャーをかけようとした。だが彼の目には信じられない光景が広がっていた。全員カレーを完食していたのだ。


「ご馳走さん。体のケアにもってこいの一品だったぜ。だが俺はもうお腹いっぱいだ」


 兵藤の言葉に合わせ打ちして、他のみんなも満腹宣言をした。どうやら彼らは水で一気にカレーを流し込んだようだ。



「青山殿を部屋まで連れて行く必要があるから、拙者達はここで失礼するでござる」


 山神と松本は手際良く青山を運び出し、食堂を後にした。


「よし……俺たちは洗い物をするか。食い終わった風見と兵藤、不破は手伝ってくれ」


 氷室たちもその場から離れていった。



「……」



「……」



 守と東雲は両者顔を合わせる。そして観念したのか大きく息を吸い、一気にカレーを口に含んだ。



 次の日からは上手いこと理由をつけ、食事担当はグループ練習メンバーごとの持ち回りになったのである。

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