第百二十五話 選手生命を脅かす行為はしてはいけない件
「最後のボールは?」
「たぶんフォーク。腕の振りが全部一緒だから、振りにいったらやられるぜ」
不破の問いに兵藤が答えていた。
「あと二球目は手元で微妙に変化した。恐らくシュートだ」
「一年生にして、恐ろしく完成されたピッチャーだなぁ! うーん、頼もしい限りだ!」
一緒にいた氷室も思わず舌を巻いていた。心強いチームメイトが増えたと言わんばかりに何度も頷いている。
「伊達に全国制覇してないって事だな。あの身長、体格だけど身体の使い方が上手いぜ」
普段感情を表に出さない兵藤だが、今回の勝負はなにか感じるものがあったのか、目がギラギラとしていた。
「よし、次は四番からの攻撃だ。守備陣宜しく頼む」
「おう!」
不破の言葉に対し、氷室と兵藤はしっかりと答えた。
その頃、守はマウンドに小走りで向かっていた。
「次の回から東雲君と交代です。ラストイニング、是非良い学びにして下さい」
ベンチを出る直前に言われた上杉監督からの言葉が蘇っていた。
彼女が目標としていた、五回まで投げる――なんとか粘り続けることができている。
『バッターは四番。二打席目でヒットを打たれている。ただ一打席目もショートに強烈な打球を放っていた――』
不破は出し惜しみはしないと言わんばかりに、初球からカットボールを要求した。
『私の役目は……』
『この回を何とか凌ぐことだッ!!』
――カァァァン!!!
四番打者のバットから快音が響いた。
――打球は守に向かって恐ろしい速度で向かってきていた。
――バスッ!
守は倒れ込みながらグラブを差し出したが打球の勢いに負け、グラブからボールがこぼれ落ちた。
弾かれたボールが守の後ろに転がる。
山神が急いでバックアップに向かうも、一塁に投げることはできなかった。
「ぐっ……」
「ヒカル!?」
「千河!?」
守の異変にいち早く気が付いた瑞穂と不破が急いで彼女の元へ向かった。
守は右足を抱えながら倒れ込んでいた。
「診せて!」
瑞穂が右足のスパイク、ソックスを手際良く脱がせた。守の右足首がひどく腫れていた。
「倒れるときに捻ったのね」
「大丈夫……これくらい」
「バカ! サウスポーのフィニッシュ時、全体重を支える右足が負傷して続投できる訳ないでしよ!!」
「でも……」
二人が話している最中、マウンドまで駆けつけた若井監督がしゃがみ込んで守の顔をじっと見つめていた。
「千河君……気持ちはわかるけど交代しなさい。今無理をして、選手生命を脅かす行為はしてはいけない」
「それでもボクは……」
「いい加減にしなさい!!!」
突然、若井監督が大声を上げた。その場にいた全員、自然と背筋が伸びていた。
「投げたくても一生全力投球ができない辛さを知ってはいけません」
そう言って若井監督は自身のアンダーシャツの右袖を捲りあげた。彼の肘には生々しい手術痕が残っていた。
「箇所は違えど、私も選手時代に無理をして、肘の痛みを隠して投げ続けました。今でも腕をまっすぐ上にあげることはできません」
守は唖然とした表情で若井監督の右肘を見つめていた。
「わかりましたか?」
「……はい」
守は顔をこわばらせながら返事をした。そして瑞穂と不破の肩を借りてベンチに下がっていった。
「だがどーするんだよ、俺ら九人しかいねーんだけど」
そう、明来野球部は九名ギリギリで戦っている。去年までいた太田は兵藤と一年間助っ人の契約をしていたが、契約満了となっていた。
「義経、この回から明来の一員としてプレーして下さい」
若井監督がベンチにいる駄覇を呼んだ。
「えっ……俺今日一日轟大学側で出るんじゃないんすか?」
「私が先方に言った条件は二つ。まず一つ目が、あなたを轟大学チームの方で出すこと。そして二つ目が、あなたをどんな形であれフルで出場させることです」
「なので、どんな形であれフル出場してもらうので、今からあなたは明来の選手になります」
なんて無茶苦茶な……と誰しもがツッコみたくなっていた。
だが先ほどの一喝もあり、みな沈黙していた。
「恐らく次は東雲君が投げる予定ですよね。空いたセカンドを義経に守らせる形でいいですか?」
若井監督はベンチの上杉監督に確認をとっていた。
上杉監督はニンマリとした表情で、頭上に丸を作って返答した。
五回表 途中
轟大学 三対一 明来
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