第百二十三話 天才登場……な件

「すまない、俺が曖昧な指示を出した。ハッキリ外すようにすべきだった」


 不破はタイムを取り、守の元へ来て謝罪をした。


「いや僕も……失礼ながらあのバッターを舐めていたよ」


「あの二番、バットを一握り短く持っていたんだ。前の二打席はどちらも目一杯長く持っていたのに」


「二番だけじゃない。四回になって各バッター、人が変わったかのようにチームバッティングをし始めてきた」


 不破の言葉を聞き、守はようやくこの回の違和感の正体に気がついた。


「元々自分たちより格上の選手たちがこんなキッチリした野球をやられると――」


「ああ、油断に付け込めないのは厳しいぞ」


 二人はそれそれの顔を見合わせ、静かに頷いた。なんとしても次の三番で反撃を断ち切ってみせると意気込みながら。


 ――そして守と不破のバッテリーは何とか次の三番でアウトを奪った。


「ふぅ……」


 守が息を吐き、マウンドを降りようとした。


「粘るじゃねーっすか。千河先輩」


 守の目の前には駄覇が立っていた。


「轟大ピッチャー交代だ。俺はさっきのピッチャーみたいに甘かねーぞ」


「……!!」


 二人の会話を聞いていた他の選手も、思わず立ち止まった。噂の一年生、駄覇のピッチングが明来打線に襲いかかるのだ。


「ハン、首洗って待ってろよ一年坊」


 東雲が駄覇を指差して威嚇した。


「……誰アンタ?」


「テ……テメェ!? 一昨年全国で当たった六本木シニアの者だッ!! 忘れた訳じゃねーだろ!!」


 東雲の必死の問いかけに、駄覇は頭を悩ませた。


「思い出せねぇわ。手応えのない相手は一々覚えてないんすよね」


「テメェ……!!!」


 今にも暴れそうな東雲を明来ナイン全員で抑え、ベンチへ引き込んだ。


 ――ベンチへ戻っても東雲は不機嫌そうな顔をしていた。


「東雲……大丈夫?」


「ウルセェ、テメェは黙って休んでろ!!」


 守が心配そうに駆け寄るも、東雲は迷惑そうにそれを払いのけた。


 ――スパァーン!!


 ――スパァーン!!


「皆さん、あれが去年のシニア全国制覇投手ですよ」


 駄覇は力感のないフォームから、力強いポールを投げ込んでいた。

 先ほどまでブルペンで投げてなく、急な登板になってしまったのだろう。しかしボールはキャッチャーの構えた所に狂いなく投げ込まれている。


「さぁて、天才登場……♪」


 駄覇はマウンド上から明来ベンチを見下すように見つめていた。


 四回裏 開始前


 轟大学 三対一 明来

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