第百二十二話 先ほどまでと別人な件

 四回表、轟大学の攻撃中。ツーアウトながら二、三塁の場面を作っていた。


 流石、高校野球のエリートが集う名門大学だった。尻に火がついたような猛攻、一人一人が役割を全うして守に襲いかかっていた。


「ボールフォア!」


 フルカウントから五球もファウルで粘った駄覇がドヤ顔で一塁へ歩いていった。


「ナイス義経!」


 轟大学のベンチから駄覇に声援が送られる。高校生相手という事で舐めていた、初めの頃の余裕さは全くなかった。


「くっそー、まだ微妙にコントロールできないんだよな」


 守が悔しそうに返球を受け取った。決めにいったカットボールが指に引っかかってしまったのだ。


『次は二番――。これまで二打席ともサードゴロで抑えている』


 守の中で、この二番バッターは比較的打ち取りやすいイメージを持っていた。

 守の百二十キロ台のストレートを明らかに狙っている荒々しいスイングが印象深い。ここまでの二打席は力んだサードゴロで抑え込んでいる。


 不破のサインは内側のツーシームだった。微妙に芯を外して、またしても内野ゴロで抑えるつもりだろう。


 ――だが不破は急遽サインを変更した。外のストレート、外してもいいから低く、という指示を守に送った。


 守は違和感を感じたが、サインに頷いた。ただ先程から打ち気になっているこのバッターに無駄な球は投げたくないとも考えていた。


 そんな考えで投じられたボールは、アウトコースギリギリ、ストライクゾーンを通過した。



 ――パカァァン!!



 木製バット特有の快音が響き渡った。



 守は慌てて打球の方向に目を向けた。打球は右中間を転々としていた。先ほどまでと別人のような、理想的な流し打ちを放たれてしまった。


 ランナー二人が生還し、一塁ランナーの駄覇もホームまで帰ってくるつもりだろう。


「四つ!!!」


 不破がマスクを放り投げ、指示を出した。快足飛ばして打球に追いついた兵藤がカットマンの東雲へボールを投げた。


 駄覇は三塁ベースを蹴り、果敢にホームへ向かっていた。


「粋がってるんじゃねェッ!!!」


 東雲が深い位置から最小ステップでホームへ送球した。糸を引いたように、ボールはノーバウンドでまっすぐ不破の元へ向かっていた。

 

 不破はボールを捕球し、急いでタッチを試みたが、駄覇の左足は一足先にホームに触れていた。


「セーフ!!!」


 電光掲示板には、四回表のボードに三と表示された。


 守は呆然とそれを見つめていた。



 四回表 途中


 轟大学 三対一 明来

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