第百二十話 前座共が場を整えやがった件

 ――コィン……!


 不破のバントはまたしても完璧に決まった。二打席連続の送りバント。まさに古き良き二番打者の姿である。

 現代野球は二番に強打者を入れるのが流行りであるが、繋ぐ二番もチームにいい影響を与えてくれる。監督などには特に好かれるタイプだろう。


「ナイスバント!」


「ああ、ありがとう千河」


 守が突き出した拳に不破も拳を重ね、グータッチをした。


「ワンナウト三塁でバッターは山神、これは先制点が期待できるね!」


「……多分山神は歩かされるぜ」


 不破は冷静な口調だった。


「え……だってまだ三回だよ」


「山神は一打席目でヒットを打っている。相手のピッチャーはまだランナーがいる場面での、カーブの制球に苦しんでいるみたいだし」


「そっか、さっきのヒットは正に入れにきたストレートを打ったもんね」


 守は一回の攻撃を思い出し、不破の考えに同意した。


「ただ、あからさまな敬遠はしないも思う。手を出してくれたらラッキーくらいな感じで際どいコースに攻めてくると思う」


 その後は不破の予想通り、際どいコースを山神はしっかり見極めてフォアボールを選んだ。


「ハハハハハ、前座共よ御苦労。後は俺様に任せやがれ!!」


 東雲がなんとも上機嫌に打席に向かっていた。

 あまりにテンションが上がっているからか、サインを送る上杉監督の方へ視線がいくことはなかった。それに気がついた上杉監督はサインを諦めた。


「監督、ワンナウト一、三塁ですよ!? このままフリーで打たせるんですか!?」


 守が上杉監督に問いかける。


「元々指示を出すつもりはありませんでしたよ。ここは四番に任せるつもりでした。それに――」


「それに?」


 ――キィィィン!!


 守が上杉監督の言葉を聞いたのと同時に、快音が耳に入った。慌ててグラウンドに目を向けると鋭い打球が三遊間を抜けていった。東雲のタイムリーヒットが飛び出した。


「それに――、サインを見ないくらい集中している時の東雲君は頼りになりますから」


 ついに試合が動いた。しかも明来高校が先制点をあげるという、予想外の展開だった。


 若井監督は静かにメモ帳を取り出し、手を動かしはじめた。


 三回裏 途中


 轟大学 ゼロ対一 明来

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