第百十五話 血の気盛んな件

 一回裏、轟大学はツーアウト三塁の状況を作っていた。先頭バッターで駄覇がツーベースを放ったがその後サードゴロとファーストゴロ進塁打という内容であった。

 ちなみに轟大学側は駄覇以外は大学野球に則り、木製バットを使用していた。


「お前やっぱりサードゴロ打ってんじゃねーかよ」


「いやぁ、意外と打ちにくかったぜー。球が微妙に動いててよ」


「はい出た言い訳乙ー」


 三塁線上で駄覇は轟大学側のベンチの光景を見て、ため息を漏らしていた。


『舐めてたら負けるかもしれねぇのに。高校で全国制覇もしてないくせに偉そーな奴ばっか』


 ――カァンッ!!


「くっ!!」


 四番バッターの鋭い打球が守の左足元を抜けて行った。


「っしゃあ先制点!!!」


 轟大学ベンチはヒットを確信していた。


「舐めんなコラァ!!」


 センター前に抜けそうな打球を、セカンド東雲が滑り込みながら逆シングルで捕球した。そして素早く一塁へ送球し、アウトを奪った。東雲のファインプレーで先制点を許さなかった。


「千河!! テメェ、セカンドが俺様じゃなかったら今ので一点取られてんの分かってんのかオイ!!」


「はいはい……助かったよ、流石東雲だよ」


「ったく……ちったぁ骨のあるボール投げやがれヘタクソが」


 東雲は照れ隠しなのか、小走りでベンチへ戻って行った。


「皆さん、よく初回無失点で抑えました。私てっきり三〜四点は取られちゃうかと思いましたよアハハ」


「はいっ!?」


「はぁ? 舐めてんのかコラ」


 上杉監督の言葉に守と東雲があからさまに不機嫌な態度をとった。


「うんうん、それくらい血の気が多ければ安心です。てっきり格上の大学生相手だから萎縮してしまうかと心配してました」


「ざッけんな! 俺様が大学生如きににビビるわけねーだろオッサン!」


 上杉監督のハッパが明来ナイン、特に守と東雲には見事に効いていた。彼の掌で転がされているとは知らずに。


 ――スパーン!!


 マウンドでは大学生ピッチャーが投球練習を行っていた。


「白川、このピッチャーのこと分かるか?」


 不破が瑞穂に問いかけた。


「うん、あのピッチャーは大学新一年生。去年の甲子園に出てた選手だよ。スピードは百四十五キロくらいで、カーブとスライダーで攻めていくタイプね」


「西京の黒江に似たピッチャーかな」


「そうだね。ただ正直――黒江君の完成度は既に彼を遥かに超えてたわ」


「じゃあコイツを攻略できない限り、皇帝にも西京にも勝てないわけだ」


 兵藤がヘルメットを被りながら呟いた。


「後輩に見せてやらないとな。明来の野球を」

 

 そう言って兵藤は打席へ向かって行った。

 

「一回裏――明来高校の攻撃は、一番センター兵藤君」


 兵藤は構えをとりながら、守備位置を確認した。


『サードは定位置より少し前程度、他には――』


「プレー!」


 ピッチャーが振りかぶり、一球目を投じた。兵藤は素早くバントの構えをした。


 ――コィン!


 兵藤は走りながらのセーフティバントを決め、打球を一塁側へ転がした。彼の冬トレは特にセーフティの精度向上を課題にあげていた。


「ファースト!!」


 一歩出遅れたファーストが急いで打球へチャージをかける。しかしピッチャー、セカンドもカバーに遅れてしまっていた。


「セーフ!!!」


 ファーストが捕球し、振り返った頃には兵藤は一塁に到達した。


「あいつ……足速えぇ……」

 

「やったぁ! こっちも初球から出塁だ!!」

 

 ベンチで守たちが喜んでいた。



「……」


 駄覇は外野から静かに戦況を見つめていた。


 一回裏 途中


 ノーアウト一塁


 轟大学 ゼロ対ゼロ 明来

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