第百十四話 サイレンが鳴ると豹変する件

 ――スパーン!!


 不破の捕球音が響き渡る。相変わらずピッチャーに嬉しい、いい音を鳴らしている。轟大学ナインは守のピッチングを分析していた。


「コントロールはまとまってそうだけど、あのスピードじゃあなぁ……」


「百二十キロちょい超えくらい? よーく手元まで引きつけないとな」


「お前、打ちごろだからって今日はサードゴロ打つなよー」


「……」


 それらの声を尻目に、駄覇は静かに守の投球練習を眺めていた。


『ストレートと変化球、フォームが一定でまとまっている。確かに球は速くないがキャッチャーのミットが構えた場所から一球も動いていない……』


『先輩方……笑ってるけどよ。あんたら高二の時、同じくらいのピッチングできたかよ』


 駄覇は心の中で呟き、静かに打席へ歩いて行った。


「一回表、轟大学の攻撃。一番ライト駄覇君」


 ウォォォォォ……


 試合開始のサイレンが鳴り響いた。


「まぁ俺は今の時点でできっけどよォ!!」


 左打席に入った駄覇が突然叫び始めた。普段の彼からは想像できないほど殺気立っている。守はマウンド上でその異変を感じ取れた。


 初球は――アウトローのスライダー。外れてもいい、低くという指示だ。恐らく不破も彼の異変に気がつき、打ち気を逸らす考えだろう。


 ――キィンッ!!


 鋭いライナー性の打球が三塁線を襲った。


「サード!!!」


 氷室が目一杯横っ飛びをするも、打球に触れることはできなかった。


「フェア!!!」


 打球はレフト線を這う様に転がっている。予めレフト線よりに守っていた松本は後ろに逸らさない様、丁寧に腰を落とし捕球した。


「セカンド!!!」


 不破の声が響き渡った。駄覇は躊躇なく一塁ベースを掛け走っていた。


 松本は急いで中継の山神へ送球した。山神は鋭く体を切り返し、二塁ベース上、タッチをしやすい位置へ正確に送球した。


「うらぁッ!!」


 送球を受けた東雲が素早くタッチを行なったが、駄覇の足が一足早く二塁ベースに触れていた。


「セーフ!!!」


「っしゃぁ!! 初球スライダー狙い通りッ!!」


 駄覇が手を叩いてガッツポーズをした。改めて普段の気だるそうな雰囲気と全く違う。


「てんめぇ千河ァッ!! まーたお前は困ったら外に逃げようとしやがってよ!!」


 東雲が乱暴にボールを守へ投げつけた。守はサイン通りなんだけどなと思いながらも、改めて駄覇の打席を振り返った。


 初球のスライダーはほぼ狙い通りだった。やや低めに外れているが、広くとる審判なら手が上がってもおかしくないボールだった。

 打っても長打になりにくく、かつ主審のストライクゾーンを確かめる。初球から打ちに行きにくいこともあり、本来ならば理想的な入り方だった筈だ。


 しかしその考えを駄覇は一瞬で見抜いた。確かな野球センスだけでなく相手の力量を図り、それに対してベストな回答をする分析力も必要だ。そして初球から打っていく姿勢や迷いのない走塁から、思い切りの良さも伺える。



「駄覇義経……改めて生意気な一年生だな」


 

 守は笑いながらロジンパックに手を当てていた。



 一回表 途中

 ノーアウトランナー二塁


 轟大学 ゼロ対ゼロ 明来

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