第九十九話 夏休みの練習だが人が少ない件

 瑞穂が甲子園に行っている期間も、明来野球部は活動を行っていた。


 ――だが。


「あぁっ!? なんで今日もこんな人数なんだよっ!!」


「落ち着け東雲。今いるメンバーだけでやるしかないだろう」


 グランドには怒り狂う東雲、それを宥める氷室、そして青山、風見、守の三人はそれをじっと眺めていた。


「ふっざけんなよ! 俺はバイトを休んで来てるんだぞ!」


 意外と野球には真面目ということもあり、東雲はこの現実に兎に角苛立っている。


「そもそも大田と松本は助っ人だ。強制できるもんではない。不破は夏季講習、兵藤は諸事情で海外に行っているらしい。白川は甲子園に勉強しに行っている」


「瑞穂はいいんだよ! てかなんだよ夏期講習ってよぉ! 勉強と野球どっちが大切だと思ってんだアイツは」


 東雲の言葉に対して一同、それは流石に勉強だと言いたかったが黙っていた。


「てか山神の野郎はどうしたんだよ!? アイツはどんな理由でサボってるんだ」


「山神に関しては……俺も知らない。ゴールデンウィークの時と同様、監督は許可しているみたいだが」

 

 ちなみに監督は夏休みを取り、バカンスに行っているそうだ。


「……チッ、訳わかんねーよ」


 東雲は機嫌悪そうに一人ランニングに向かった。

 守としては、彼のバイト事情を鑑みて、この現状を快く思わない気持ちは理解できていた。


 ――その後、アップを済ませた選手たちは各自課題に取り組んでいた。守と東雲はブルペンでキャッチボールをしていた。


「てかキャッチャーがいねーんじゃ、ロクなピッチング練習になりゃしねーよ」


「まあまあ。不破は家族に野球を続けている事を隠してるみたいだし。成績が落ちたらバレるかもしれないから、仕方ないんだよ」


 守は、先日不破本人から聞いた事情を東雲に教えた。不破も高い頭脳を持っているからこその悩みを持っていることを共有したかったのだ。それを聞いた東雲は、自分なりに落とし込めたのか、舌打ちをしてグチをやめた。


 ――スパーン!


「痛った……」


 守は思わず右手のグラブを外し、手首を振った。


「東雲、球速くなった?」


「しらね、別に今までと変わらねーだろ」


 いや、明らかに以前より球速、球威ともに上がっている、そう守は確信していた。


 思えば東雲は先ほどのランニングや配達バイト、兎に角下半身を鍛え上げていた。それだけでなく、スタンドから試合を見ていた時はずっとハンドグリップやチューブで腕や握力を鍛えながら観戦していた。

 

 転校して一年間試合に出られない東雲だが、その分少しの時間も無駄にならないよう、身体をイジメ抜いた結果だろう。隠れて練習している分を含めると練習量はチームダントツ一位だ。


「公式戦、早く出たい?」


「別に。てか俺を出さない余裕なんてねーだろ」


 守の問いかけに対し、捻くれた答えを返す東雲。


 言葉とは裏腹に、投げられる一球一球に、彼の熱い気持ちがグラブ越しに伝わってくる守であった。

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