第九十八話 ドラマチックは瞬く間に過ぎ去っていく件
「おい、あの娘めっちゃ可愛くね?」
「お、お前声かけろよ。こん中で一番モテるんだし」
「いやいや、俺らなんか相手にされねぇよ」
瑞穂にとっては、最早鳥の囀り同様、日常の雑音となりつつある男子の声をスルーし、彼女はある場所へ向かっていた。
「ここが甲子園……すごい声援。てか外でもこんなに人だかりができるのね」
物珍しそうに、瑞穂は甲子園の雰囲気を味わっていた。
「おーい! 瑞穂ー!」
声の先には渚の姿があった。彼の周りには多くの女性ファンが取り囲んでいた。
「無事着いたみたいで良かったぁー! 瑞穂は可愛いから兄ちゃんは心配で心配で」
「ここに来るまで十人くらいに声をかけられたわ」
瑞穂の言葉を聞いた渚は、思わず咳き込んでしまった。
「ま……まぁ無事に会えて良かったよ。昨日はちゃんと休めた?」
「えぇ。あんな良い部屋に私一人で泊まっていいのって思っちゃった。兄さんからも、マネージャーさんに宜しく伝えてね」
「当然、最愛の妹の安全を確保しろって伝えてたからね」
渚は誇らしげに腕を組んで話していた。
「てか兄さん、私のお迎えなんかして練習はいいの? 今日最後のカードで試合でしょ?」
「大丈夫。ちゃんと練習はしてきたし、これ位の自由時間は許されてるよ」
「そう。まぁ頑張って」
自分でも素っ気ない話し方だな、と瑞穂は自覚している。
ただ渚を調子に乗らせると面倒くさいので、これで良いのだと自らに言い聞かせていた。
渚から観客席の入り口を案内してもらい、瑞穂は甲子園の中に入った。
――空気が変わった。完璧に整備された黒土の内野に、美しい外野の芝生。これが全国の球児が目指す場所なんだと瑞穂は感激した。
渚のファンが用意してくれたという席に腰をかけた。西京ベンチが入る一塁側、その中でも試合が見やすい特等席だ。周囲に座る渚ファンからのアピールさえ我慢すれば最高の場所だった。
――そして時間は瞬く間に過ぎていった。
各校の全力プレー、ベンチの声援、スタンドからの熱い応援。これが甲子園なのだと瑞穂は実感した。
どのチーム、どの選手にもそれぞれドラマがある。皆、今日この瞬間の為に頑張っているのだ。
グランドには沢山の表情が潜んでいた。喜ぶ選手がいれば、対となる悲しむ選手もいる。観戦していると、あっという間に時間は過ぎていく。
――そして、あっという間に今日の試合は全て終了した。
西京は危なげなく三回戦も勝利した。八対ゼロの完勝だ。
渚は今日も二安打、一打点の活躍。だがやはり今日もヒーローは一年生コンビだった。
紫電は三安打、四打点。相手バッテリーが徹底して外中心に配球した事もありホームランこそ出なかったが、ツーベース二本とスリーベースで、正にお手上げといった様子だった。
黒江は六回を投げて無四球、被安打はシングルヒット一本のみ。大量のリードを貰い、七回からはショートに回ったが、そこでもセンス溢れるプレーをしていた。バッティングでもしっかり二本のタイムリーヒットを放っている。
西京は、ついこの前までは二年生四番の渚が中心の、どちらかというと守りのチームだったが、紫電と黒江という天才二人が加わり、一気に爆発力溢れる打撃型チームとなっていた。
甲子園に出るチームは、どんな工夫をしているのか。瑞穂は試合に出ている選手だけでなく、ベンチワークやスタンドの動きにも注意し、メモを取っていた。
その後、彼女は滞在期間中に三冊ものノートを埋め尽くすほどメモを残すことになるのだが、それはもう少し先の話である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます