第百話 昼間の回想

 キーンコーンカーンコーン


 お昼休みのチャイムが鳴った。どの部活の生徒も練習を切り上げ、それぞれ昼食の準備に向かった。


 守たちも練習を切り上げ、水場で手や顔の汚れを落とし、各自食事に向かった。


 守は弁当箱を片手に、ベンチに腰掛けた。


 ここは守のお気に入りのスポットだ。人は少なく、日当たり最高で、横になるとすぐ眠りにつける。木々も生い茂っていて、そよ風が気持ちいい。


 空腹だったこともあり、サクッと食事を済ませた守は、そのままベンチの上で横になった。


 雲ひとつない青空を見上げながら、守はふと今までのことを振り返った。



 ――中学時代、女子野球の大会で大活躍することができた私、千河守の元には沢山の女子野球のスカウトがきた。その中に高校女子野球の名門、西京女学院から特待生の打診もあり、私は面接に向かった。


 だが、当時の私は今以上に餓鬼だった。


 面接官である監督のセクハラまがいな行為に対し怒り、急所をひと蹴り。当然ながら試験は不合格になった。

 それだけでなく悪評が広がり各校から推薦は取り消され、私は高校女子野球を続けることができなくなった。


 そんな私の元に新設校、明来野球部の上杉監督は現れた。


 今でも頭おかしいと思っている。男装して、男子部員として試合に出るなんて。

 学校では名前も千河ヒカルって偽名になってるし……アニメじゃないんだから。


 だけど、女子である私が甲子園を目指せるのは夢にも思っていなかった。女子野球の全国大会は甲子園では行われない。甲子園は男子の大会だけの特権なのだ。それを目指せるのは素直に嬉しい。


 私を支えてくれている瑞穂には感謝しかない。進学校の推薦を蹴って、私と一緒に明来に入ってくれた親友だ。

 中学時代のチームメイトも、私が男装して試合に出ていることを知っている。今度試合を観に来てくれるとの事で、とても楽しみだ。


 試合でも、なんとか男子相手に互角に戦っている。多少ながら不安があっただけに安心している。


 そんな私のターニングポイントは、間違いなく皇帝学院との練習試合だろう。今はチームメイトになっている東雲も、元々は皇帝の野球部員だった。

 同じ一年生でも、圧倒的な才能を持った皇帝のスーパールーキー神崎。彼を抑える為に、私は猛特訓を行った。当時のことを思い出すと、今でも吐き気を催す。


 それだけ、あの日取られた十四点もの失点は悔しかったんだ。

 

 夏大会では、確かな手応えがあった。


 一二回戦はコールドで勝ち進み、三回戦は古豪、南場実業との試合だった。


 球場が相手の学校が近いこともあり完全アウェーな中戦った試合、私は完封することができた。


 南場の四番バッター、八城の気迫は今でも覚えている。最後の最後に、ストレートのコツを掴めて本当に良かった。


 打線も南場のナックルボーラー、一色を相手に奮闘した。いつも活躍する山神、氷室が敬遠され、舐められていた下位打線。


 青山が身体を張ってデッドボールを奪い、あの風見が決勝タイムリーを放った。あの試合はまさに全員野球そのものだった。


 ――だが、次の皇帝学院戦は、またしても私たちは負けてしまった。


 一番の兵藤が素晴らしい走塁で、初回から得点をあげられた。


 キャッチャー不破が覚醒し、的確なリードで皇帝打線を抑え込んだ。


 ――だが、私の体力は六回途中で限界を迎えた。


 皇帝打線相手に、力加減なんかしてられない。初回から飛ばしていた。甲子園の壁は本当に分厚いのだと痛感した試合だった。



 ――だが、そんな圧倒的な皇帝学院でも敵わない相手が甲子園にはいた。


 西京学園。私が落ちた女学院の姉妹校だ。


 西京には、全国トップレベルの正捕手であり、瑞穂の兄である渚がいる。そして、衝撃の甲子園デビューを果たした二人の一年生がいる。


 一人は、一試合三本のホームランを放った四番バッターの紫電。特に神崎の百五十一キロストレートをスタンドにぶち込んだホームランはネット上、トレンドトップに躍り出ていた。


 もう一人は、身長百七十にも満たない身長ながら、強力皇帝打線を被安打二、十二奪三振でねじ伏せた黒江。


 ストレートの球速は百四十キロ。それと大きく曲がるカーブ。球種はあまりに少ないが、それを寸分の狂いなく渚のミットに投げ込むコントロールと、既に高校生離れした無尽蔵のスタミナ。完璧なフィールディングが解説席から絶賛されていた。


 同年代に、ものすごい奴らが沢山いる。とんでもない時代と被ったものだ。


 だが、私とて女子野球最高のピッチャーだった。今更男子に負けるつもりは毛頭ない。


「ふぅー」


 守は腕を伸ばしたのち、ベンチから起き上がった。


 今すぐ練習を再開したい。守は空の弁当箱をしまう為に、急いで部室へ向かった。

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