第九十四話 ダイヤモンドの原石

 甲子園では毎試合後に選手と監督にインタビューが行われる。


 各記者は、今日繰り広げられた伝説の始まりを取り上げるため、最前列争いで我先にと大渋滞を起こしていた。



「紫電君、鮮烈な甲子園デビューでした! 今の気持ちを一言で表すと?」


 インタビュアーが手始めの質問を始めた。紫電に対して四方八方からフラッシュが飛び交う。


「別に……死ぬ気でバットを振っただけなんで」


 実にあっさりとした回答だった。インタビュアーも対応に困っていた。


「そ、それと百年以上の歴史がある甲子園大会で、一試合三本のホームランは歴代タイの記録でした!」


「……高校入るまで野球なんか興味も無かったから知りません」


 紫電の一言に、思わず取材陣はざわめいた。


「し、紫電君! 中学で野球はやってなかったの!?」


 思わず記者たちが質問を始めた。それを何とか抑制しているインタビュアーはさらに困り果てていた。


「やってねーよ野球なんか。ウチに遊んでる余裕はねーんだよ」


 舌打ち混じりに、紫電は小さな声で答えた。


「えっ」


 一同、完全に空いた口が塞がらない。


「虹(にじ)のオッサン……監督に野球をやってみないかって言われ……痛ってぇ!!」


「はいはい、それ以上の発言は色々とマズイから行くぞ一閃くーん」


 白川渚が紫電の首根っこを掴み、控え室の方へ連行した。


 取り残された取材陣はポカンとしていた。そんな所に虹監督がゆったりとした足取りでインタビュアーの元へ歩いてきた。ニコニコ笑顔がトレードマークの名将だ。


「さ、さて次は今年から監督復帰を果たしました西京学園野球部監督の虹監督です」


 インタビュアーは気を取り直して取材を始めようとした。


「虹監督、紫電君の野球歴を教えてください!」


「虹監督、紫電君のことを教えてください!」


 記者たちはインタビュアーを飛び越えて質問を飛ばしていた。皆紫電というプレーヤーのことが気になって仕方ないようだ。


「正直話す気はなかったですが、一閃があんな事を言った手前、仕方ありませんねぇ」


「皆さまの仰る通り、一閃が本格的に野球を始めたのは高校からです」


 各記者たちはメモに殴り書きを始めた。


「今日はただのマグレ。まだまだどのプレーも荒削り、本当にヘタクソな選手ですよ……ただ」


 全員が固唾を飲んで、次の言葉を待ち構えていた。


「今まで私の見てきた子の中で、一番の才能がある。正に野球をする為に産まれてきたような選手です」


 虹監督に大量のフラッシュが降り注いだ。


 虹監督は昨年まで難病を患っていて、暫く現場から離れていた。


 彼の長い監督生活の間に、沢山のプロ野球選手を輩出していた。中にはメジャーリーガーになった選手もいる。


 だが、虹監督は良いプレーを褒めはするが、過度に個人を称賛することはしないことで有名だ。ましてや才能を褒め称えたことは過去に一度もない。

 それが、紫電の選手スケールの大きさを何よりも物語っていた。


「彼はまだまだ成長しますよ。今はただの素質の塊、ダイヤモンドの原石ですが、二年後には日本一のバッターになっていますよ」


 そう言って虹監督も控え室へ消えていった。


 各記者は急いでメモを取り、各社特集を組む許可を取りに荷電をしていた。


 取り残されてしまったインタビュアーは、ただポカンとするしかなかった。

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