第九十三話 大きすぎる壁

 投球練習を終えた神崎は、セットポジションで紫電に対峙していた。


 画面越しでも分かる、突き刺すような紫電の眼光。昔で言うメンチを切る、というやつだろうか。

 そんな気を引き締めていないと腰が引けてしまう位、強い眼差しでバットを構えていた。




 ――ズパァァァッ……!!


 ブォンッ!!




 大歓声の中でも思わず聞こえてきそうな豪球、そしてフルスイングだった。


「出ましたァァ! 百五十キロ! 神崎君、甲子園一年生最速記録ですッ!」


「紫電君も初球からフルスイング、物凄い一年生対決です」


 前のめりでボールを受け取った神崎は、再びマウンドを慣らしてセットポジションに入った。


 二球目も百五十キロのストレート。それを紫電はファウル。打球は一塁側のスタンドへ消えていった。


 ――三球勝負だ。


 守は直感した。


 マウンド上の神崎は首を振る。明来戦ではあまり見ない光景だった。


 何度か首を振ったのち、サインが決まり、投球フォームに入った。神崎の姿からは今まで以上に気持ちが入っている、そんな力強さを感じた。




 ――パキィィィィッ……




 甲子園の超大ボリュームの騒音をかき消す、どこまでも鋭い打球音だった。



 神崎は後ろを振り向く事なく、その場で俯いた。



 球速表示は、なんと百五十一キロを計測していた。



 ――だが、観衆の関心はそこにはなかった。



 打球はまたしてもレフトスタンドに吸い込まれていった。


 一瞬の静寂、そして再び甲子園は大歓声に包まれた。


「嘘……マジで……」


 守も空いた口が塞がらない様子だ。


「紫電君、またしてもホームランを打ちました! 何と一試合で三本のホームランは夏の甲子園、最多タイの記録です!!!」


 予選よりゴールデンルーキーと言われ続けた、皇帝の至宝、神崎。


 甲子園特集でも各社こぞって彼を称賛し、世代のヒーローへの道を示していた。


 一年生で百五十キロを投げ、バッティングも滅法良い高校野球界のニュースター。

 ファンも、その姿を大いに楽しみにしていただろう。


 だが、今日、ヒーローの配役は変わった。


 超強豪、西京学園に誕生した二人の一年生によって。


「試合終了……! 十対ゼロで西京学園、圧勝です! 今大会屈指の激戦カードと思われましたが大波乱の結果となりました!!!」


「一年生四番の紫電君はなんと四打数四安打、三ホーマー。そしてもう一人の一年生黒江君は九回二安打十二奪三振の完封、バッティングでも二安打と大活躍でした!!!」


「皇帝は何とか神崎君と太刀川君でヒット一本ずつ。意地は見せましたが悔しいでしょう」


 スクリーンには涙を流す皇帝ナインの姿があった。そして、立ち上がれないほど号泣する神崎の姿があった。

 太刀川は眉間にシワを寄せながら、神崎の背中を優しく叩いていた。


「あの皇帝が、手も足も出ない……」


 思わずたち上がった守に、瑞穂は静かに語りかけた。


「守、驚かないで聞いてね」


「今日だけで一年分は驚いたよ」


 守は溜息混じりに返した。


「……西京の一年生コンビ、中学時代の記録がほとんどないの」


「……えっ」


「ネットで散々調べたんだけど、黒江君は地元中学の軟式野球部とだけしか書いてなくて……紫電君に関しては過去の野球歴が一切残されてないの」


「つまり……二人とも中学では無名の選手ってこと?」


「……うん」


 守は何故かとてつもない恐怖心に襲われた。


 自分と同じ代で神崎という、物凄いプレーヤーがいる。


 悔しいが、彼との選手スケールの差を前の試合で嫌というほど感じていた。


 だが、そんな彼をも上回る才能を持つ、謎の同級生が二人も現れた。



 目の前には甲子園の広大な景色が映し出されている。


 

 だが、その地に立つのは、どこまでも遠く険しい。


 今まで守は目の前の大きな壁を何とか少しずつ登っていた。


 だが、その先にはさらに大きく、頂上の見えない位の大きな壁があるように感じざるを得なかった。

 

 

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