第八十一話 スーパーテンポ
「ピッチャー代わりまして、宮西君。背番号一」
六回表、皇帝学院のエースナンバーを背負った、小さなエース宮西がマウンドに登った。丁寧に足場を確認し、投球練習に入った。
決して速いとは言えないボールだが、一球一球丁寧に投じられている。
明来ベンチは、好投を続けていた神崎の交代に驚きながらも、すぐさま宮西攻略へ頭を切り替えていた。
守は宮西の姿をベンチからまじまじと見つめていた。東雲から聞いていた、サウスポーのお手本のようなピッチング。それを少しでも吸収する為だった。
「プレイ!」
主審からコールがかかった瞬間、すぐさま宮西は投球フォームに入った。
――スパーン!
「ストライク!」
九番松本がバットを握り直した瞬間、また直ぐに投球動作に入った。
――ギンッ!
「オッケー!」
宮西が大きな声を上げ、自らフライを掴んだ。あっという間にワンナウトだ。
「一番、センター、兵藤君」
兵藤が打席に入って構えをとった瞬間、またしても直ぐに投球フォームに入った。
「ストライク!」
キャッチャー太刀川も、先ほどよりもテンポ早くボールを返球している。宮西はボールを受け取った瞬間、セットポジションに入った。いつでも投げれますよ、と言わんばかりのスピード感だ。
「タイム」
兵藤がこの間合いを嫌い、タイムを要求した。スパイクの紐を締め直し、軽く素振りをして打席に戻った。
二球目はクイックモーションで投球をした。タイミングを外された兵藤は、ボールを見逃した。
「ストライク、ツー!」
普段冷静な兵藤だが、今回ばかりは深刻そうな顔をしていた。
「すごい……」
守は思わず呟いてしまった。
『スピードは今のところ百二十キロそこそこだけど、低めギリギリにテンポ良く投げている。フォームのタイミングも時折変えるから間合いがとりにくいんだ』
守なりに宮西の分析をしていた。
「千河君、あのマウンドの使い方を学んだください」
「うわっ!」
いきなり後ろから上杉監督が話しかけてきた為、守は思わず驚いてしまった。
「マウンドの使い方、ですか」
「ええ、例えばキャッチャーからの返球の時ですが、宮西君の足元をよーく見てください」
宮西は後ろ歩きをしながら、ボールを受け取っていた。そしてすぐに左足をピッチャープレートにかけていた。
「――あっ!」
「気がつきましたか? ピッチャープレートに向かいながら捕球すれば、すぐ投球モーションに移れます。ああいう細かいところ一つ一つが、テンポの良いピッチングを生みます」
ピッチャーという生き物は、時に全神経をバッターに向ける。その為、キャッチャーからの返球を前のめりに捕りがちだ。その為マウンドに戻るペースはゆっくりとなり、テンポは悪くなる。
プロ野球のクローザーなど、短いイニングをキッチリ抑えることが仕事の選手なら、好きな間合いが許される。ただ、先発ピッチャーは、バックを守る選手が集中力を落とさぬよう、テンポの良い投球も求められる。
テンポが良くなれば、相手バッターにも良い影響がある。見逃しや打ち損じが増え、自然とピッチャー有利になるのだ。
「ストライク! バッターアウト!」
「さ、三球三振……!」
外に逃げるスライダーに釣られ、兵藤は完全に手玉に取られていた。
「これが、軟投ピッチャーのピッチングですよ」
上杉の言葉は、守の頭にスゥッと入っていった。
マウンドから目が離せない。
自分では思いつかない選択、技の連続。
「ストライク! バッターアウト!」
チーム一の打率を誇る山神も、いとも簡単に打ち取られていた。
「さぁ、次は千河君の番ですよ」
「――はい!」
守は帽子のツバを摘みながら、マウンドへ駆けて行った。
六回表 終了
明来 一対ゼロ 皇帝学院
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