第七十話 ペテン野郎

「四回表、明来高校の攻撃は――」


「二番、キャッチャー、不破君」


 名門、皇帝学院のホームを守る、正捕手太刀川が不破の姿をジッと見つめている。


 皇帝打撃陣のレベルは甲子園でも十分通用するというのが太刀川の自己分析だが、まだ皇帝は一人のランナーも出せていない。


 確かに明来のエース、千河の調子はかなり良いのだろう。しかも戦いを重ねる毎に強くなっている。ただ所詮は球の遅い、コントロールだけの一年坊ピッチャーだ、というのが太刀川の本音だった。


 ただ、そんなピッチャーを上手に操り、ここまでパーフェクトピッチングを演出しているのは、不破という男のリードがあってこそだと太刀川は勘付いている。


「お願いします」


 不破は落ち着いた様子で右打席に入った。


『一打席目は送りバント、ピッチャー前だったが、フライアウトを狙った神崎の高めストレートをしっかり転がしたな』


 太刀川は考えながら一球目を要求した。神崎は頷き、そして大きく振りかぶった。


 ――キィン!


「ファウルボール!」


 打球はバックネットに突き刺さり、主審が手を大きく広げた。

 

『食らいついてきたな。コントロール重視のストレートにはバットに当たるようだ』


 太刀川はキャッチャーマスク越しに不破の姿を観察した。


『打席の立ち位置は捕手側ギリギリ、そして超ホームベース寄り。神崎のストレートに対応する為に、ピッチャーと少しでも距離を離しているのだろう。そしてインコースは内に少しでも逸れたらデッドボールをもらいに行く……いかにもキャッチャーらしい心構えだな』


 太刀川のサインは決まった。


『だが、ウチの天才をそこらのピッチャーと一緒にしてもらっちゃ困るぜ』


 神崎が投じたボールはストレート、インコースのストライクゾーンを通過するボールだった。


 ――キィン!


「サード!」


 太刀川は大きな声をあげた。


 コンパクトに振り抜いた打球は三塁線に地を這いながら攻め込んでいた。


「――ファウル!」


 三塁塁審の手が広がる。打球はギリギリ三塁線横、ファウルゾーンに抜けていった。太刀川は内心肩を撫で下ろしていた。


『あぶねぇ……後数センチズレてたら長打だったぜ。北大路さん、三塁線空けすぎ』


 太刀川はサードの北大路にそれとなく指示を出し、三塁線を固めるようシフトを変更した。


『さて……追い込んだがこのままストレートを続けて良いのか? この暑さだから球数は節約したいが、一度目線を変えるか?』


 少し考え、太刀川の配給は決まった。


 ――スパァァン!


「ボール!」


 不破は高めの釣り球ストレートをしっかり見逃した。明来ベンチからもナイス選の声が出ている。


 だが、太刀川は内心ニヤリと笑っていた。


『俺には見えたぜ不破……今の一球、明らかなボール球だったが一瞬、ほんの一瞬だけバットを出しかけたな。お前なら釣り球の事くらい頭に入れてたはずだ――』


『つまり、神崎のストレートに対応する為、予め早めにスイングしようとしているな。だから釣り球を予想していても、体は無意識に反応した』


 太刀川はサインを出した。


『悪くねぇ……悪くねぇよ不破。身体能力が並な分、頭を使って状況に応じた攻め方を変える器用さ、引退までには良い選手になるかもな』


 神崎は大きく振りかぶり、しっかり腕を振った。


『――だから今はこのスライダーで無様に空振りやがれ』


 ボールは打者の手元でグイッと小さく曲がり始めた。


 ――キィン!


「!? センター!」


 不破の打球は綺麗にセンター南崎の前に運ばれた。太刀川は驚き、そして思わず隠しきれずに笑みをこぼしてしまった。


「はじめっからスライダー狙いかよ、ペテン野郎」


 息を吐きながらバッティンググローブを外す不破の姿を見て、太刀川は思わず呟いてしまった。


 四回表 途中


 明来 一対ゼロ 皇帝

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