第六十九話 試合観戦〜アイス珈琲と共に〜
雲一つない七月の晴天下。アスファルトはすっかり熱々になり、その上に立つ人は気温と地面とのダブルパンチにより体内の水分をこれでもかという位放出している。
外回りをしている
ハンカチで汗を拭いながら腕時計に目を向けた。時刻は十一時過ぎを表していた。昼食まではまだ早い。
だがこの暑さの中、十二時のピークタイムで順番待ちをするよりも、一足早くエアコンの下で食事をしてもいいだろう。
山﨑は自分に言い聞かせながら目線を周囲に向けると、落ち着いた雰囲気が外からでも感じられる喫茶店が目に止まった。
『折角涼むんなら、ゆっくりできる所がいいよな』
山﨑は喫茶店のドアを開けた。冷気が一気に流れ込んできた。
店内はさほど広くないが、一人でゆっくりランチできる様、席の配置がされている。机と椅子もお洒落でBGMのセンスもいい。そして何より案内してくれた女子大生風のウエイターが可愛い。山﨑は早くも当たり店と思ったのか、内心ガッツポーズをした。
案内された席に座り、ウエイターからお水と、キンキンに冷えたおしぼりを頂いた。気も効くお店だ。
山﨑は、ついいつもの癖で顔をおしぼりで拭こうとした――だが直前でストップした。女性ウエイターに少しでもカッコ悪い所を見せたくなかったのだ。
「ランチできたら、こちらの日替わりランチセットがオススメですよ」
ウエイターの笑顔が眩しい。山﨑は言われるがままに日替わりランチセットを注文した。
ふとテレビ画面が目に入った。今日の高校野球地区予選の映像が流れている。
『皇帝学院と――明来? 聞いたことないな』
山﨑は、どうせ皇帝学院の圧勝だろうと思っていた。何せ皇帝には二年生にしてプロ入り確実と言われている太刀川がいる。更に動画サイトでも話題になっていたスーパー一年生もいるって話だ。
「三回裏でスコアは……えっ皇帝が負けてる!?」
山﨑は思わず心の声が漏れていた。
「こちら先にアイスコーヒーです。……お客様、高校野球はよく観るんですか?」
先ほどのウエイターが山﨑に訪ねてきた。
「え……ええ。甲子園大会はちょくちょく観ます。予選からは中々観てないですけど」
「そうなんですね! この明来ってチーム、面白いんですよ! 今年できた学校で、全員無名の一年生チームなんです」
ウエイターが嬉しそうに話をしている。落ち着きを求めて入った喫茶店だったが、これもまた良い時間だなと山﨑は思っていた。
「特にこのピッチャーの千河君がスッゴくコントロールがよくて……ほら、アウトローで三振!」
山﨑はテレビ映像に目を向けた。女の子に見える中性的な顔立ちのサウスポーがそこに映っていた。
「三回裏、ツーアウトでバッター九番……ということは皇帝はまだランナー出せてないの?」
「はい! あの皇帝が完全に抑えられてるんです! すごくないですか?」
山﨑はすごい……と呟きながら映像を見つめる。千河というピッチャーは、キャッチャーの構えた所に寸分の狂いもなくボールが投げ込んでいる。
高校野球で言うコントロールの良いピッチャーとは、まずストライクが安定して取れる、低めにそれなりに投げられる、内と外を大まかに狙って投げられる。そのレベルだ。プロ野球選手の様にストレートと変化球を同じフォームでコースに狙って投げられる訳ではない。
だがこの千河は違う。変化球を投げる時も肘の角度は変わらないし、本当に狙ったコースにバシバシ投げ込んでいる。これでスピードがもう少し付けば、恐ろしいピッチャーになるだろう。
「マリちゃん! ナポリタンできたよ!」
店の奥から店主と思われる男性から声がかかり、ウエイターは会釈ののち厨房へ向かった。マリちゃん、良い名前だ。
「野球を見ていると、つい仕事が手につかなくて……お待たせしました」
マリちゃんがナポリタンを机に置いた。とても良い匂いだ、夏は食欲が減ると言うが、そんなものは幻想だ。山﨑はお腹から早くそれを俺の元へぶち込めと聞こえた気がした。
「打ち上げました――ファースト青山君、しっかりとキャッチしました!」
「キャー! 千河君がまた三人で抑えた!」
ファーストの髪色やべーなと思いながら、山﨑は一口目を頂いた。――旨い、これはハマるやつだ。
「前の椅子、いいですか? いいですよね!」
マリちゃんが前に座ってきた。オイオイまだ仕事中だろ、と山﨑は思ったが内心嬉しくてたまらなかった。
「十二時過ぎから忙しくなるから、早めの休憩です。一緒に試合観させてください!」
そう言ってマリちゃんは賄いランチを食べ始めた。
山﨑は明来高校、そして千河に心から感謝し、二口目を頂いた。
――山﨑は自分のお腹から、もっとナポリタンを寄越せ! 早くしろ――と聞こえた気がした。
三回裏 終了
明来 一対ゼロ 皇帝学院
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