第七十一話 幼き日の回想

 マウンド上の神崎は、体温が上がっていくのを感じていた。ネクストバッターサークルから歩いてくる山神の姿を見て、はやる気持ちを抑えきれずにいた。


 神崎は、ふと昔のことを思い出した。小学六年生の時、リトルリーグ日本代表として選出されたときのことだ。

 神崎は小学生にして球速は百二十五キロを超え、リトルリーグ規定の近いマウンドではまさに最強クラスの投手だった。


 だが彼の中では、自分が日本一のリトルリーガーではないと考えていた。


 山神龍也……初めて彼のプレーを見た時、神崎は身体中震え上がった。


 小学生とは思えない華麗なグラブ捌きと送球の正確さに加え、それを可能にする天性の柔軟性と運動神経。そして打者ごとに自らシフトを変更したり、咄嗟にベストな判断ができる野球IQを持つ。更には左右どちらでもお手本のようなバッティングを可能にする器用さと動体視力まで持っている、それが山神だった。


 同じグラウンドでプレーをしていたら分かる、その実力差。現に山神はピッチャーとしても優秀で、球速こそ並みだったがテンポ良く制球されたボールを投げ込むことができ、与四死球は神崎より圧倒的に少なかった。


 ――だが、世間は神崎の事を世代ナンバーワン選手と持ち上げるだけ持ち上げた。


 事実、側から見るインパクトは神崎の方が大きかった。球速という数字で証明されるピッチャーとしての力。打撃もホームランの数と飛距離自体は山神より高く、正に日本人が大好きな四番ピッチャーというイメージが、神崎をナンバーワンとしたのだ。


 そして、リトル世界大会は日本が優勝した。MVPはエースとして試合を作り、決勝戦でホームランも放った神崎が選ばれた。だが打率と出塁率、そして何度も守備でピンチを救い続けた山神の方がMVPに相応しいと神崎は内心ずっと思っていた。


 その後の取材やシニアチームなどのスカウトの数も神崎と山神では圧倒的な差があった。ほぼ全員が神崎狙いであり、山神はあくまでおまけの様な扱い。その頃からか、山神は楽しい野球が理想だと話しはじめていたのだった。


 ――それから約四年、敵チームとはいえ、また山神が野球をしていることに安心し、そしてこの天才に勝ちたいと強く感じていた。


『龍也に勝たないと、俺は俺でいられないんだ』


 神崎は右肩を回し、ロジンパックを触った。

 

 左打席に立つ山神を見ながら、神崎は右手に息を吹きかけた。先ほどつけたロジンパックの粉が煙のように宙に舞う。


 ――初球のサインはストレートだ。


 四回表 途中


 明来 一対ゼロ 皇帝学院

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