第六十七話 プロ注キャッチャー目線
皇帝学院――ここ数年で急激に力をつけてきた実力校である。
良い選手の獲得だけでなく、適切な指導により個人の個性は伸ばされ、全国クラスの選手へと成長していけるプログラムは甲子園を夢見る中学生から注目の的だ。
実力者揃いの三年生に加え、今年は中学時代から名の知れたキャッチャーである太刀川が成長し、そんな彼を追う形で中学MVPプレーヤー、ゴールデンルーキーの神崎がいる。
今年こそ甲子園出場、そして全国制覇までしてしまうのでは、という高校野球ファンの期待を皇帝学院野球部員は一身に背負っている。
「ストライク、バッターアウト!」
「スリーアウト、チェンジ!」
明来の攻撃は三者凡退に倒れた。
だが神崎も、太刀川も――皇帝学院野球部に笑顔は一切なかった。だが、その瞳には静かな闘志が宿っている。
円陣が解かれ、太刀川は打席に向かった。キャッチャー目線で見たら一目瞭然、明来のエース、千河ヒカルの調子はすごぶる良さそうだ。
「二回の裏――皇帝学院高校の攻撃は――」
「四番、キャッチャー、太刀川君。背番号二」
観客席から大きな歓声があがる。高校野球ファンの女子高生にも大人気な様だ。
二年生にして、早くもプロ注目選手となった彼の活躍を誰しもが期待している。ビデオカメラを回している人たちも、一層慌ただしく動いている。
「お願いします」
打席の前で一礼して太刀川は打席に入った。それに対して会釈する不破の表情を見るに、緊張はしているものの、関東ナンバーワンキャッチャーに対して強い対抗心が感じられた。
マウンド上の千河は自信に満ち溢れた表情でサインを確認している様だ。そしてゆっくりセットポジションに入っていった。
球の出どころが見えにくいフォームから、ボールが繰り出された。太刀川はその軌道をじっくりと観察した。
「ストライク!」
太刀川は笑った。何せアウトローへ投げられたボールは、ホームベースの奥角をギリギリかすめ、不破の構えたミットにそのまま吸収されていったのだ。
「ゲームみたいなコントロールだな」
太刀川は思わず呟いてしまった。ここまで正確にコントロールできるピッチャーは見たことがない。キャッチャーとして最もリードが面白くなるピッチャーだなと考えていた。
『今のボールを見るに千河はこの試合、コントロールミスはしないだろう。この試合はキャッチャー不破との勝負になるだろうな』
太刀川は考えた。アウトローの次は何を要求するのかを。
『初回を見るに、恐らくチェンジアップは、この試合のキーボールだ。多投は避けるだろう。逆に考えたら追い込んだらチェンジアップは投げてくる筈だ』
太刀川は決断した。ここはあえて追い込まれてみる事にした。
「ストライク、ツー!」
アウトローの次はインコースへのクロスファイヤー。内外の使い分けは、分かっていても対応に苦労する。教科書通りだが正しいリードだ。
『南崎さんの時はチェンジアップで三球三振で仕留めてきた。恐らく南崎さんの粘り打ちを警戒しての事――つまり完投するために球数を抑えたいと仮定する』
『ではベルトから下のコースはチェンジアップ一点張りだ。念のため高めのボール球で釣ってくる事も想定しておこう』
インプット完了――、太刀川はバットを構えた。
不破のサインに応じ、千河がゆっくりと投球フォームを開始した。
投げられたボールはインコース低めへ向かってくる。だがボールの軌道はチェンジアップのそれではない。
――キィン!
太刀川は上手く右手を押し込み、想定外のボールへ対応した。強い打球は三遊間へ向かっていく。
だが、明来のショートは逆シングルで打球をキャッチし、ジャンピングスローを披露した。
ワンバウンドになったボールを、ファーストの金髪がしっかりと捕球した。
「アウト!」
観客席の雰囲気が変わった。
歓喜、驚きが入り混じっているようだ。
「インローストレートの三球勝負か――予想外のリードをしてくれやがって」
太刀川は笑いを隠しきれず、ベンチへ戻っていった。
二回裏 途中
明来 一対ゼロ 皇帝学院
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