第六十六話 天よりの頭脳

「一回裏、皇帝学院高校の攻撃は、一番、センター、南崎みなみざき君、背番号八」


 球場全体にウグイス嬢の声が響き渡る。

 予選では高校生がこの仕事を務めるのだが、今日の子はプロ顔負けのアナウンスを披露していた。

 そのシッカリした声から、この試合も引き締まった試合展開になる事を予感させていた。


「お願いしますっ!」


 皇帝学院のトップバッターが右打席に入った。不破は瞬時に頭の中のデータファイルを起動させた。


『南崎さん、皇帝学院の三年生。右打者ながら一塁到達タイムは四.一秒台の超俊足。セーフティバントの精度は高くないが、一番打者ながら初球から積極的に振ってくる。そして初球打ちの打率は五割を超えてくる』


 不破は、天より授かった記憶力をフル回転させ、南崎のフォームを分析していた。


『普段の立ち位置より、ややピッチャー寄り、かつホームベース寄り。狙いは外の変化球と推測。ただインコースは少しでもボールゾーンに入ると、上手く当たってくるから要注意だ』


 不破は顔を上げ、サインを出した。

 ――今日の千河は特に調子が良い。ちゃんと投げられるはずだ。


 千河の右足がシッカリ上がっている。左肩の入り方も良い。不破の頭の中にある、絶好調のフォームそのものだ。


 完璧なリリースで投げられたストレートは、不破の構えているミットが動くことなく吸い込まれた。インコースギリギリ、最高のボールだった。


「ストライク!」


 南崎は打席を外し、バッティング手袋のマジックテープを締め直した。

 不破は南崎の仕草、フォームを確認してからサインを送った。


「ストライク、ツー!」


 次もインコースへのストレートを要求した。またしてもバットは振られなかった。ここまでは不破の計算通りだ。


『南崎さんはここからが一苦労する。追い込まれたらバットを短く持ち、多少ボール気味でもファウルを打ってくる。だからこそ、最小限の球数で抑えたい』


 不破のサインは決まった。マウンド上の千河も、ちゃんと事前課題としていた打者の傾向が頭に入っているからか、同じ考えだった様だ。


 流れる様に行われる体重移動、無駄のない腕の動き、フォームに一切のズレはない。先ほどまでの、ストレートの時と一切変わらないフォームから繰り出されたボールは、インコースへ向かい、そしてバットを避ける様に沈んでいった。


「ストライク! バッターアウト!」


 千河のウイニングショット、南場実業との試合で完成させたチェンジアップが火を吹いた。たった三球で皇帝学院の一番をねじ伏せてみせた。


 不破は確かな手応えを感じた。南崎、その他皇帝学院の選手たちは、恐らく南場実業との試合は研究してきただろう。そして進化したチェンジアップについても対策はしてきた筈だ。

 だが、野球エリートが集う皇帝学院相手にも、このチェンジアップは通用する。そしてチェンジアップを意識してもらえることで、投球の幅は一気に広げることができる。


『千河の調子は滅法良い。俺が間違えなければ、活路が見えてくる筈だ』


 不破は頭の中で、一層気持ちを引き締め、ミットを叩いた。

 

 ――数分後、観客席は困惑していた。


 それは、誰もこの展開を予想していなかったからだろう。皇帝学院の攻撃は三者凡退に倒れたのであった。


 一回裏 終了


 明来 一対ゼロ 皇帝学院

 

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