第六十二話 自己分析

 ――スパァァン!


 皇帝のスーパールーキー、神崎が投球練習を行なっている。相変わらずキャッチャーミットが可哀想になるくらい、凄まじい爆音が鳴り響いている。


「先発は神崎か」


「当然でござる。以前の練習試合、拙者達は神崎氏に封じ込まれた故」


 氷室と山神が話をしている。


「なんとか立ち上がり、チャンスを生まないとな」


 兵藤が瞬発系のアップを行いながら、笑って話している。


「ボールバック!」


 太刀川の声がグラウンド全体に響き渡る。皇帝守備陣は練習球をベンチに返す。そして最後の練習球を神崎が投げた。


 ――スパァァン!


 太刀川は捕球と同時に素早くボールを握りかえ、二塁へ送球した。ボールはしゃがんでいる神崎の真上をまっすぐ通り、セカンドベース上に構えられた峰のグラブに吸い込まれていった。

 送球を見た観客達は信じられないような表情をしていた。


「み、みたかよ今の送球……」


「あんな送球されたら走れねーだろ」


「これが噂の太刀川砲かよ……」


 観客席からザワザワと声が聞こえる。スカウトと思わしき人は熱心にメモを書き起こしている。


「一番、センター、兵藤君。背番号八」


 兵藤が左バッターボックスへ入る。彼はこの雰囲気を楽しんでいるのか、ニヤニヤと笑っている。


 サードとファーストは定位置より少し前進守備にシフトを変えた。当然兵藤の足は皇帝ナインの計算に入っているようだ。


「プレイボール!」


 主審のコールがかかり、試合が開始された。サイレンが鳴り響く中、神崎は大きく振りかぶった。


 ――それと同時に兵藤はセーフティバントの構えをした。


「お前が足を使ってくるのは分かってんだよォ!」


 サードとファーストは猛スピードで兵藤の方へ向かってくる。


 ――それを見て兵藤はニヤリと笑った。


 彼はバントの構えを引き、ヒッティングの構えへ切り替えた。


 ――ギンッ!


 打球は高いバウンドのサードゴロ……だが前方へ猛ダッシュしているサードの頭上を打球は超えていく。


「しまった!」


 打球は誰もいない三塁線にバウンドしていく。ショートの峰は外野の芝まで打球を追い、ボールを捕球した。


「峰! バックセカン!」


 太刀川の指示を聞き、峰はセカンドベースの方へ視線を移した。兵藤がもの凄い速さで二塁へ向かっている。


「舐めるな一年坊が!」


 峰はセカンドへ送球した。


 セカンドがボールを捕球し、そのまま兵藤の足へタッチを試みた――が、一瞬で兵藤のスライディングされた右足は、グラブを避けてセカンドベースを捉えた。


「セーフ!!!」


 二塁塁審の両手が広がる。


 兵藤のプレーに観客席から歓声が上がる。


「あの一番バッター、足はっええ!」


「しかもスライディングも上手いぞあいつ!」


「てか初球からバスター決めるとか、度胸あるなあの一番!」


 ツーベースヒットを放った兵藤は涼しい顔をして、ユニフォームの砂を払った。峰は彼の方を見て舌打ちをしていた。


「やった……兵藤すごい!」


 守は飛び跳ねながら喜んでいる。

 

「あいつ言ってたからな、初球の入れにくるストレートに全てを賭けるって」


 氷室の言う通り、兵藤はプレイボールの初球に全てを賭けていた。

 前の試合や、今までの打撃成績で、自分の足は間違いなく警戒される――逆にセーフティさえ封じれば怖くないバッターだと、兵藤は自己分析していた。


 そして神崎の立ち上がり、まずはストライクが欲しい。その中でセーフティさえ封じれば雑魚と思われている自分に、どんな初球が投げられるかは安易に想像できた。


 ――だから兵藤は初球、ど真ん中のストレートだけを狙って、今日までバスターの練習を重ねていたのである。


「まずは先制点。アグラかいてる暇なんかねーぞ、皇帝学院さんよ」

 

 兵藤はニヤリと笑いながらセカンドベース上に立っていた。


 一回表 途中


 明来 ゼロ対ゼロ 皇帝学院

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