第四十八話 チャラ男の意地

「うおおおおお!」


 ネクストバッターサークルに立つ青山は吠えた。自らを鼓舞するかの様に、バットを強く握りながら。


 彼はこの試合、悔しくてたまらなかった。

 サインミスも犯し、何度も訪れたチャンスを一度も掴めなかった。

 自分が打てないから山神や氷室を敬遠する作戦が有効なのだという事を自覚している。


「絶対打つ……! 千河っちが必死に繋いでくれたチャンスを……絶対!」


 側から見ても肩に力が入っているのがわかる。またしてもサイン確認を忘れてしまっていた。

 ツーアウトだがサインは当然出る。絶対にやってはいけないミスだ。


「真斗! サインを見なさい!」


 突然の声に明来ナインは全員驚いた。


 無理もない。瑞穂が今まで聞いたことのない大声を出したからだ。


「真斗。一生懸命なのと周りが見えないのは違うよ! もう少し周りを見る余裕がないと結果が出る訳ないでしょ!」


「瑞穂ちゃん……」


 青山は我に帰った様な表情をしていた。そして無意識に打つことだけを考えて、視野が狭くなっている事を実感した。


 彼は大きく深呼吸をし、そして上杉の方に視線を移した。


 送られたサインはヒッティングだ。

 また口頭で甘い球は初球から兎に角振っていく様に、と付け加えられた。


 青山は入部以降、毎日バットを振っていた。居残り練習も、家に帰ってからも、1日も欠かす事なくバットを振りまくっていた。


 元々は一目惚れした瑞穂と近づきたいから――そんな理由で始めた野球だったが、ドンドン野球の楽しさにのめり込んでいった。


 お風呂で身体を洗うたび、擦り傷やアザ、マメでヒリヒリしながらも青春の勲章として誇りに思っていた。


 初めて練習試合でヒットを打った時、全員喜んでくれた。未だにその時の光景は脳裏に焼き付いている。忘れもしない、完璧なセンター前ヒットだった。


「っしゃあ! こいや!」

 

 青山は左打席に入って、一色を威嚇する。


 どんな形でもいい、チームのためになるバッティングをしたい。彼はギュッとバットを一段と強く握り締めた。


 ――キンッ!


「ファール!」


 初球のストレートはバックネットに突き刺さるファールだった。


「真斗、タイミング合ってるよ!」


 瑞穂の声が聞こえる。彼女の為にも打ちたい……出塁したい。青山はフーッと息を吐いた。


 一色は再びセットポジションから投球を行った。


 ――次の瞬間、一色から投げられたボールは体の方へ向かってきていた。

 青山は避ける素振りをしながらも足はしっかり残し、その足にボールはぶつかった。


 ――ドスッ。


「デッ……デッドボール!」


 痛い……。

 青山はその場で膝をついた。


「貸してくれ!」


 氷室は救急箱からコールドスプレーを取り出し、青山のもとへ走った。


 青山は大量の汗を流しながら、笑みを浮かべていた。


「へへ……これで何とか繋げられたぜ」


「真斗、お前ワザとぶつかったな」


「氷室っちが勝負してもらえなかったの、俺のせいだから。これくらい何ともないっしょ……いてて」


 氷室がスプレーをかけ、少し痛みが和らいだのだろう。青山は自ら一塁へ歩いていった。


 球場からは彼のナイスファイトに拍手が巻き起こっていた。


「さっきのってワザとだよね。デッドボールもらう為に」


「青山君ってチャラい感じなのに、意外ね」

 

 明来チア部は驚きながらも一塁に到着した青山に声援を送った。


「七番、セカンド、風見君」


 球場全体がざわめいている中、アナウンスはしっかりと次のバッター、風見をコールしていた。


 六回表 途中


 明来 ゼロ対ゼロ 南場実業

 

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